家紋のはなし
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■ 家紋の数は約3万。そのうち、現在残っているのは約2万と言われる。 

■ 日本では文様をつける習慣が縄文時代から始まっていたが、弥生時代になると家紋様な文様が使われるようになった。

■ 家紋は平安時代後期から使い始められ、公家達が、朝廷への出仕の際に乗る牛車を他の公家のものと区別するために付け始めたのが始まりと言われる。なお、武家の家紋は戦場での目印が始まりで、源平の合戦の源氏の白旗、平氏の赤旗などが代表的。運動会の紅白のはちまきのようなものか。
 平安時代に藤原実季が御所車(牛車)に「(巴形を三つ合わせた)」の文様をつけたのが家紋の始まりと言われる。「巴形」は「勾玉(まがたま)」を表し、「勾玉」は人間の魂を表した。

■ 家紋は全国に400種(など)2万通りあると言われる。貴族の牛車由来。

■ 家紋は日本とヨーロッパだけ。ヨーロッパの家紋は権威づけに利用されたが日本のはそうでもないようだ。

■ 庶民に家紋が広がったのは江戸時代。ひいきの歌舞伎役者などの家紋を自分の家の家紋に使ったりもした。

■ 武家の家紋は戦場に欠かせない。戦場で初めて家紋が使われたのは、源頼朝と奥州藤原氏との戦いと言われ、軍隊の秩序を保つのに役立った。
家紋を書いた武具は、単に識別だけではなく、合戦の時の厄除けや、祭具としても利用された。
・ 武家の家紋の始まりは源平合戦の「赤旗」「白旗」で、頼朝が源氏の嫡流と庶流を区別するために、白旗に印をつけさせた。

■ 室町時代には、名字が全国津々浦々に広がって、家紋の数が増加した。

■ 江戸時代になって兵農分離が進むと、名字は武士階級の象徴で特権とされた。従って、江戸時代には庶民は名字を公称できなかったが、家紋は条件付きで許可された。

■ 家紋を一つの家で複数持つ場合がある。
・ 定紋(本紋、正紋): 公式の紋。
・ 替紋(副紋): 公式の紋の他に、勲功などで下賜されたり、婚姻などで増えたり。
・ 女紋: 嫁いだ女性が実家の紋を持参した。妻には実家の紋を使わせることが日本のしきたり。武家では、結婚後も実家の姓を名乗った?のと同じ感覚か?女紋は小さい。江戸時代になって女性にも紋が許されるようになって広まった。
・ 室町幕府の八代将軍足利義政の妻は公家の出の日野富子で実家の「鶴の丸」の紋を使用した。
・ 江戸時代の十代将軍徳川家治の妻は閑院宮直仁親王の娘で、閑院宮の「浮線菊紋」を使用した。
・ 江戸時代の五代将軍徳川綱吉の母は三代将軍家光の側室で、京の青果商の仁左衛門の娘で、父親の職業にちなんだ「違い大根紋」を使用した。

■ 庶民の最初の家紋は紀伊国屋文左衛門?

■ 代表家紋: 各名字の項に「代表家紋」を記載していますが、書籍によって代表家紋が異なることがあるのよねぇ。それだけ多彩ってことなんでしょうかねぇ。

■ 源頼朝は鎌倉幕府を開いたときに全ての御家人に名字を名乗らせた。この名字によって、御家人か否かを区別した。まぁ、勝手に名乗られたら終わりですが。
・ 源頼朝が授けた家紋: 佐竹家の「扇紋」。朝倉家の「三つ盛木瓜紋」。南部家の「南部鶴紋」。島津家の「丸に十字紋」。葛西家の「三つ柏紋」。熊谷家の「鳩紋」。

■ 名字や家紋の変化: 本家から分家が分かれると、名字や家紋をかえる場合があるが、まるっきり違う物というケースは少なく、本家のものにちょっと手を加えたケースが多い。たとえば「斎藤→西藤」とか、「梅の花→梅鉢」とかでしょうか。こうしていろいろな名字や家紋ができてきた。

■ 室町時代末期の「見聞諸家紋」によると、掲載は上流武士310家の261種家紋。

■ 家紋はもともと丸囲みがなかった が、分家などが本家と区別するために「丸囲み」をつけた。また江戸時代に紋付きなどの衣服に表記され、丸囲みの方が座りがいいので広まった。

■ 家紋を読む場合には「外側にあるものから読む」法則がある。例)「丸に梅鉢」「丸に三つ葉葵」

■ 家紋の成立
# 尚美紋: 公家の家紋に多く、元来植物や紋様だったものを家紋とした。
# 尚武紋: 勇ましさを表す剣や鎧、鷹や獅子など。
# 吉祥紋: 縁起の良い鶴、亀、鳳凰、熨斗など。
# 苗字紋: 苗字と関係のある紋。例)吉野家の桜
# 記念紋: 誰かに貰ったなど。例)佐竹氏の扇紋
# 信仰紋: 神紋を家紋としたもの。


■ 源氏: 徳川宗家(三つ葉葵)、土岐氏桔梗)、足利氏足利二つ引)、山名氏二つ引)、細川氏九曜)、小笠原氏三階菱)、村上氏(丸に上の字)、南部氏対い鶴

■ 平氏: 北条氏三つ鱗)、織田氏織田木瓜)、関氏揚羽蝶)、小早川氏左三つ巴)、葛西氏三つ柏)、椎名氏)、蘆名氏(三つ引)、長尾氏九曜巴

■ 藤原氏: 二階堂氏二つ引)、伊東氏庵に木瓜)、蒲生氏鶴の丸)、結城氏右三つ巴)、山内氏三つ柏)、相良氏(相良瓜)、波多野氏(鳳凰の丸)、大友氏抱き杏葉

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【主な家の家紋】

■ 赤松家【家紋: 左三つ巴
# 赤松則村【家紋:二つ引両に三つ巴紋
・ 赤松則村の紋は、当初は巴紋だったが後に二つ引両三つ巴紋とした。

■ 明智光秀【家紋: 水色桔梗紋
・ 水色桔梗紋は土岐家の紋。

■ 浅井長政【家紋: 三つ盛亀甲に剣花菱紋】
・ 元は「剣花菱紋」だったが、後に「三つ盛亀甲に剣花菱紋」に変えた。朝倉家の「三つ盛木瓜紋」にあやかった?

■ 朝倉孝景【家紋: 三つ盛木瓜紋
・ 「三つ盛木瓜紋」は源頼朝の命で作られた。もとは「木瓜紋」だったが、朝倉高清が功をあげた際に頼朝が「木瓜一つでは寂しいから三つにしろ」とのことでできた紋。

■ 浅野内匠頭【家紋: 違い鷹の羽紋

■ 浅野幸長【家紋: 浅野違い鷹羽紋

■ 足利尊氏【家紋: 足利二つ引両紋五七桐紋
・ 源平の合戦の際に、源氏方の武将は頼朝の白幕をはばかって、白幕に黒い線を引いた。このとき、新田家は1本、足利家は2本、三浦家は3本引いた。これに由来する。
・ 尊氏は後に朝廷から「五七桐紋」を賜った。

■ 井伊直弼【家紋: 彦根橘紋
・ 橘氏の出に由来する。
・ 井伊直政: 「」紋。先祖の共保(ともやす)の産着の紋が御手洗井のかたわらにあった一顆の橘だった事に由来する。

■ 池田輝政【家紋: 池田蝶紋】
・ 

■ 生駒正俊【家紋: 生駒車
・ 

■ 石川氏
・ 三河石川氏【家紋: 三枚笹
・ 陸奥石川氏【家紋: 丸に笹竜胆 ・ 対い鶴

■ 石田三成【家紋: 大一大万大吉紋
・ こんな紋みたことない。石田三成が作った紋様といわれるが、石田三成の信条の「1人が万人のため、万人が1人のために尽せば世の中が大吉になる」に由来する。

■ 板垣退助【家紋: 五三桐紋

■ 一条家【家紋: 一条下がり藤
・ 五摂家の一つ。

■ 伊藤博文【家紋: 上がり藤紋
・ 伊藤博文の生家は農民の林家。父親が長州藩の伊藤家の養子となって伊藤を称した。このときから「上がり藤」の紋を使うようになった。

■ 伊東家【家紋: 庵木瓜

■ 井上馨【家紋: 桜菱紋】

■ 今川義元【家紋: 今川赤鳥紋】
・ もともとは先祖の足利家と同じ「二つ引両紋」と「五七桐紋」を使用していたが、今川家独自の「今川赤鳥紋」も使用した。南北朝時代に、今川範国が足利尊氏から駿河国を賜り、その際に範国がが富士山の本宮浅間神社に詣でた。そのとき、巫女が「われが赤鳥を差し向けたために、そなたは美濃の赤坂の戦いに勝った」と言い、赤坂の合戦で笠印に使った赤鳥を家紋として子孫に伝えた。

■ 上杉家
# 上杉謙信【家紋: 竹に雀紋
・ 当初は長尾家の「九曜巴紋」を用いていた。主筋の上杉家から「上杉」の名字と「政」の字と、関東管領の職と家紋を譲られた。そこで長尾景虎は上杉政虎を名乗ったが、後に出家して謙信を名乗った。「竹に雀」は上杉家の先祖の勧修寺藤原氏に由来する。
・ 1560年に正親町天皇から、「」の紋を与えられた。

■ 宇喜多秀家【家紋: 剣片喰紋

■ 宇多源氏【家紋: 平四つ目結

■ 宇都宮家【家紋: 右三つ巴紋

■ 榎本武揚【家紋: 丸に梅鉢紋

■ 大内義長【家紋: 大内菱紋
・ 大内義隆(大内菱紋

■ 大久保利通【家紋: 三つ藤巴紋
・ 藤原氏系の公家が用いていた紋。

■ 大隈重信【家紋: 丸に剣花角紋

■ 大友家
# 大友宗麟【家紋: 大友抱き杏葉紋
・ 大友家は家臣にもこの紋を与えたため九州には花杏葉の家紋が多いという。

■ 大野治長【家紋: 宇都宮笠
・ 

■ 小笠原秀政【家紋: 三階菱
・ 先祖の貞宗のときに、後醍醐天皇から「王」の字を家紋とするように勅命があり、その字をかたどった紋とした。

■ 小栗忠順【家紋: 丸に波紋】

■ 織田信長【家紋: 織田木瓜紋
・ 織田家は尾張に移り住む前は越前の朝倉家に仕え、朝倉家から「木瓜紋」を賜っていたが、織田家が朝倉家と対立したのをきっかけに「木瓜紋」を嫌って、室町15代将軍の足利義昭から賜った「二つ引両紋」や「五三桐紋」を用いるようになった。
・ 織田信長は木瓜紋、足利義昭から賜った五三桐紋二つ引紋揚羽蝶紋、永楽銭紋などを使った。
・ 織田信長が使っていたとされる7つの家紋: 「織田木瓜」「(正親町天皇から拝領)」「無の字」「二つ引き両(足利将軍家の家紋を拝領)」「永楽通宝銭(旗紋)」「五三桐(皇室の紋で足利義昭が皇室から拝領した物を信長が貰った)」「揚羽蝶(平氏の代表紋)」

■ 小山家【家紋: 右二つ巴紋

■ 柿崎家
・ 柿崎景家(九曜紋

■ 葛西家【家紋: 三つ柏

■ 梶原景時【家紋: 並び矢紋】
・ 

■ 勝海舟【家紋: 丸に剣花菱紋

■ 加藤清正【家紋: 蛇目紋 ・ 桔梗】
・ 蛇目紋は源平の戦いの時に藤原氏の出の加藤景廉が使っていたもの。
・ 蛇目紋は水神としての蛇信仰に由来する。

■ 加藤嘉明【家紋: 水口藤
・ その他に「蛇の目」。蛇の目は藤原北家利仁流にみられる。

■ 蒲生氏郷【家紋: 三階笠紋
・ 南近江の国人。
・ 当初は蒲生家の対い鶴紋を使用していたが、後に豊臣秀吉の許しを得て三階笠紋に変えた。三階笠紋は佐々成政が使用していたもの。

■ 河井継之助【家紋: 丸に剣片喰紋

■ 菊池家
# 菊池武重【家紋: 並び鷹羽紋

■ 木曽義仲【家紋: 九曜紋
・ 木曽義仲の子孫は江戸時代も木曽家ととして大名に列せられ、この木曽家の家紋は九曜紋で木曽義仲から受け継がれたものと言われる。

■ 北畠家【家紋: 笹竜胆
# 北畠親房【家紋: 五三桐紋
・ 村上源氏の出で、紋を用いていた。

■ 吉川家
# 吉川広家【家紋: 三つ引両紋

■ 木戸孝允(桂小五郎)【家紋: 菊菱に対い葉紋
・ 木戸孝允は眼科医の和田昌景の子だったが、8歳の時に長州藩士の桂孝古の養子になった。桂家は毛利家と同様に大江家の流れを引く。
・ 桂時代は「丸に三つ星紋」を用いており、これは大江家の星宿信仰に由来する。
・ 桂小五郎は慶応元年(1865年)に藩の命にて木戸と改姓し、独自の菊葉菱紋を使うようになったという。

■ 京極高清【家紋: 平四つ目結紋

■ 九条家【家紋: 九条下がり藤
・ 五摂家の一つ。

■ 楠木正成【家紋: 菊水紋
・ 後醍醐天皇が京の笠置寺で鎌倉幕府妥当の兵を募った。その際に駆けつけた楠木正成が後醍醐天皇から賜ったと言われる。

■ 朽木元綱【家紋: 隅立て四つ目結(すみたてよつめゆい)紋
・ 佐々木氏の「四つ目結」を使用。

■ 黒田家【家紋: 黒餅 ・ 橘紋
# 黒田孝高(官兵衛)【家紋:黒田藤巴紋
・ 黒田孝高は当初は小寺家の藤の丸の内に三個の橘を描いた橘藤紋を使っていた。荒木村重に捕らえられ有岡城に幽閉されているときに「竹藪の中に咲く藤蔓(ふじかずら)に心を慰められ。そこから黒田藤巴紋を使うようになった。
・ 黒田長政: 小寺氏に仕えた時代は、小寺氏から「藤の丸の内に三橘」紋を与えられたが、織田氏に仕えてから「藤巴」紋とした。
# 黒田清隆【家紋: 黒田藤巴紋

■ 熊谷直実【家紋: 寓生に鳩紋】
・ 熊谷直実は一ノ谷の合戦で平敦盛を討ったことを後悔して出家した。
・ 寓生に鳩紋は源頼朝から賜ったもので、石橋山の合戦後に頼朝をかくまったことに感謝してのもの。

■ 小泉八雲【家紋: 鷺紋】
・ 小泉八雲の家紋は「鷺紋」。八雲の先祖である、貴族のサー・ヒュー・ド・ヘロンの旗標の図案に由来し、ヘロンは鷺の意味。

■ 後藤象二郎【家紋: 三つ藤巴紋

■ 小西行長【家紋:久留子(くるす)】
・ 

■ 近衛家【家紋: 近衛牡丹
・ 五摂家の一つ。

■ 小早川家【家紋: 三頭右巴紋
・ 小早川隆景左三つ巴紋

■ 小松帯刀【家紋:抱き鬼梶の葉紋】
・ 薩摩藩の家老。小松家は平清盛の嫡子の重盛の子孫で、重盛の孫の高清が禰寝家を興した時に諏訪大社を信仰する高清が梶紋を家紋にした。
・ この紋は諏訪大社の神紋に由来する。

■ 近藤勇【家紋: 丸に三つ引両紋
・ 

■ 西郷隆盛【家紋: 抱き菊の葉に菊紋
・ 抱き菊の葉に菊紋は独自の紋。菊紋自体は明治天皇から賜ったものとか。

■ 斎藤家
# 美濃斎藤家(斎藤道三)【家紋: 撫子

■ 酒井忠次【家紋: 丸に片喰紋
・ 忠次は、左衛門尉家なので「片喰紋」。
・ 酒井忠世: 雅楽頭家は「剣方喰」。主家の松平家から与えられた。

■ 榊原康政【家紋: 源氏車紋

■ 嵯峨源氏【家紋: 三つ星

■ 坂本龍馬【家紋: 組み合わせ角に桔梗紋

■ 佐久間象山【家紋: 丸に三つ引両紋
・ 織田信長の家臣の佐久間信盛の子孫と称す。

■ 佐々木高綱【家紋: 平四つ目結紋
・ 目結紋は宇多源氏の流れをくむ近江源氏の佐々木氏の紋。

■ 佐竹隆義【家紋:五本骨扇に月丸紋】

■ 佐藤忠信【家紋: 源氏車紋
・ 藤原氏の出なのに源氏車とは。

■ 真田幸村【家紋:真田六文銭紋】
・ 六文銭は地蔵信仰に由来し、真田家の先祖の滋野一族も用いていた。

■ 三条実美【家紋: 唐菱花紋

■ 斯波義将【家紋: 足利二つ引両紋

■ 柴田勝家【家紋: 二雁金紋】
・ 柴田家は「雁金紋」を使用していたが、勝家が亡くなる前に「二雁金紋」に変えたとされる。勝家が北ノ庄に逃れる途中、飛んでいる雁に矢を射た。すると、二羽の雁が1本の矢で射貫かれた。これにちなんで自分と妻のお市の方を表す雌雄の二羽の雁を家紋とした。

■ 島津久光【家紋: 丸に十字紋
・ 島津家の紋で、「悪いものが入ってこないようにする呪符」を描いたもの。
・ 島津忠久の時に、近衛基通から「牡丹(抱き牡丹)」と「桐(五七桐)」の紋を賜ったという。

■ 菅原氏【家紋: 剣梅鉢紋

■ 清和源氏為義流【家紋: 蔦紋

■ 清和源氏義家流【家紋: 丸に鷹の羽紋

■ 清和源氏頼親流【家紋: 桔梗紋

■ 清和源氏頼光流【家紋: 笹竜胆紋

■ 仙石秀久
・ 豊臣秀吉から「桐紋」を貰ったという。

■ 相馬家【家紋: 繋ぎ馬

■ 大道寺家
・ 大道寺家政繁(揚羽蝶紋

■ 平清盛【家紋: 揚羽蝶紋
・ 平将門の乱の平定に功があった平貞盛は朝廷から蝶紋入りの鎧を賜ったことにより、子孫が蝶紋を使うようになったという。

■ 鷹司家【家紋: 鷹司牡丹
・ 五摂家の一つ。

■ 武田信玄【家紋: 武田菱紋
・ 武田菱紋は源頼義から三男の源義光に与えられ、それが伝えられたものと言われる。

■ 橘氏【家紋: 橘紋
・ 

■ 伊達家
# 伊達政宗【家紋: 仙台笹紋(竹に雀)
・ 伊達政宗の曾祖父の稙宗が上杉家から竹に雀の家紋をもらった。上杉家と同じ紋なので、区別するために仙台笹と言う。
・ 豊臣秀吉から「桐紋」を貰ったという。
・ 伊達政宗の先祖の朝宗は源頼朝から「幕の紋二端頭(にはしとう)」を賜り、後に「三引き両」に改めたという。仙台城趾の政宗像の台座は「堅三引き両紋」。
・ 他に伊達家の紋として「牡丹紋」があり、仙台藩の四代綱村が、関白近衛基煕から与えられたという。

■ 千葉常胤【家紋: 月星紋
・ 北極星を神格化した妙見信仰に由来する。

■ 長宗我部元親【家紋: 七つ片喰紋
・ 長宗我部氏は秦氏の流れをひき、秦能俊が鎌倉時代初めで宗我部郷に下向した。このときの別れの宴会で片喰の葉が盃に飛び込んで浮いたことに由来する。

■ 津軽家
・ 津軽為信【家紋: 津軽牡丹紋

■ 土井利勝【家紋: 八つ水車
・ はじめは「横木瓜」だったが、利勝の時代に水車に改めた。

■ 藤堂高虎【家紋: 藤堂蔦紋
・ 

■ 富樫家【家紋: 八曜

■ 土岐頼芸【家紋: 水色桔梗紋

■ 徳川家康【家紋: 三つ葉葵紋
・ 三つ葉葵紋はもともと京の賀茂神社の神紋。もともと賀茂神社の神職を務めた本多家の「三つ葉葵紋」と松平家の「丸に立葵紋」を交換したという説と、家康の先祖が松平家の分家の酒井家の「三つ葉葵紋」を献上させ、代わりに「片食紋」を授けたという説がある。
・ 徳川家康は三つ葉葵、新田家の二つ引両紋を用いた。

■ 徳大寺家【家紋: 徳大寺木瓜紋

■ 豊臣秀吉【家紋: 五七桐紋(太閤桐)
・ 秀吉は、若いときには沢瀉(おもだか)紋を使っていたとされ、これは妻のおねの実家の木下家のもの。長浜城主になった1573年に信長から五三桐紋を賜った。
・ 桐紋、沢瀉紋、十六葉菊紋など。
・ 1586年に「豊臣」姓を下賜されたときに、後陽成天皇から「桐紋」と「菊紋」を賜ったという。

■ 長尾家【家紋: 九曜巴

■ 中川清秀【家紋: 中川久留子紋】
・ 織田信長の家臣の中川清秀がキリシタン大名の和田惟政を討ち取ったときに、和田家から奪った兜の十字架の飾りを描いたもの。

■ 那須与一【家紋: 丸に一文字紋】

■ 夏目漱石【家紋: 井桁に菊紋

■ 鍋島直正【家紋: 鍋島花杏葉紋
・ 杏葉紋は戦国時代に大友家から奪ったものといわれる。
・ 藤原氏の流れをくむ鍋島家は、もとは平安貴族が好んだ隅立て四つ目結紋を用いていた。
・ 鍋島勝茂: 父親の直茂の時代に大友氏の紋を戦勝記念として貰ったという。

■ 名和長年【家紋: 帆掛船紋】
・ 海運業者を支配したことに由来する。

■ 南部信直【家紋: 南部鶴紋
・ 南部家の祖先が戦場に向かう際に、対になって舞う雌雄の鶴をみたことに由来する。

■ 二条家【家紋: 二条下がり藤
・ 五摂家の一つ。

■ 新田義貞【家紋: 新田一つ引両紋
・ 源平の合戦の際に、源氏方の武将は頼朝の白幕をはばかって、白幕に黒い線を引いた。このとき、新田家は1本、足利家は2本、三浦家は3本引いた。これに由来する。

■ 丹羽長秀【家紋: 直違紋】

■ 畠山重忠【家紋: 村濃紋】

■ 馬場家
・ 馬場信房(花菱紋

■ 土方歳三【家紋: 右三つ巴紋

■ 福島正則【家紋: 沢瀉紋
・ この紋は豊臣秀次の紋だったが、政則が秀次の切腹に立ち会ったときに貰ったものと言われるが、いわば罪人からもらい受けて、秀吉の不興を買わなかったのかなぁ?
・ 福島正則って、豊臣秀吉の正室の「おね」の親戚だったかな?だから「沢瀉紋」なんだね。
・ 豊臣秀吉から「桐紋」を貰ったという。

■ 藤原氏【家紋: 下がり藤
・ 江戸時代の大名・旗本のうち170家は「藤紋」を使っていたと言われる。
・ ちなみに当初は自然な「下がり藤」だったが、家運が下がるのを忌んで「上がり藤」ができたといわれる。

■ 平家【家紋:揚 羽蝶

■ 北条時政【家紋: 三つ鱗紋
・ 「太平記」に北条時政が三つ鱗紋を使うようになったいきさつが書いてあるそうだ。

■ 北条早雲【家紋: 対い蝶紋
・ 北条長氏は今川氏親の母方の伯父であったため、駿河国に下向し沼津市の興国寺代に拠った。後に、伊豆の堀越公方や相模の三浦家を破り小田原を本拠とした。鎌倉幕府の執権の北条家にあこがれ、後に北条家の血を引く老婦人から北条姓を譲り受けた。このときから北条家の三つ鱗紋を用いた。対い蝶紋は平氏の蝶紋に由来する。
・ 北条氏政の家紋: 「三つ鱗

■ 細川頼春【家紋: 九曜紋
・ 占星術をふまえた星宿信仰に由来する。

■ 本多忠勝【家紋: 丸に立葵(本多立葵)紋
・ 本多忠勝の先祖は藤原兼通の子の顕光。三河国に国司として下向した貴族の子孫で室町時代に三河国の国人になった。
・ 本多家は主君の松平清康と家紋を取り替えて立葵とした。

■ 前田家
# 前田利家【家紋: 加賀梅鉢紋(剣梅輪内)
・ 菅原道真の子孫を称する前田家は、北野天満宮の星梅鉢紋を用いていた。
・ 豊臣秀吉から「紋」を貰ったという。

■ 松浦家【家紋: 三つ星

■ 松平容保【家紋: 会津三つ葉葵紋
・ 

■ 三浦家【家紋: 丸に三つ引両
# 三浦義澄【家紋: 三つ引両紋
・ 源平の合戦の際に、源氏方の武将は頼朝の白幕をはばかって、白幕に黒い線を引いた。このとき、新田家は1本、足利家は2本、三浦家は3本引いた。これに由来する。

■ 源頼朝【家紋: 笹竜胆紋
・ 源頼朝の母親が修験道の信者であったことに由来する紋といわれる。奈良時代に修験道を開いた役小角が竜胆の根を煎じて飲み、法力を会得したことに由来する。

■ 三好家【家紋: 三階菱紋
・ 三好長慶

■ 陸奥宗光【家紋: 仙台牡丹紋
・ 陸奥宗光は紀州藩士の出だが、仙台牡丹紋は伊達家の紋で、伊達家の分家を称す。

■ 村上義光【家紋: 丸に上の字紋】

■ 毛利家【家紋: 一文字に三つ星
# 毛利元就【家紋: 長門抱き沢瀉紋】
・ 毛利元就は「沢瀉紋」を使用していた。毛利家は他に「長門三つ星紋」も使用していた。
・ 正親町天皇から「」紋をたまわったという。

■ 最上家【家紋: 二つ引紋
・ 最上義光

■ 森鴎外【家紋: 乱れ追い重ね九枚柏紋
・ 当初、森家の家紋は十六葉菊花紋だったが、明治2年に菊紋の使用が禁止され、対象外だった十六葉菊花紋も、皇室に遠慮して変えたと言われる。

■ 山内一豊【家紋: 丸に三つ柏(土佐柏)紋
・ 山内一豊の父親の盛豊が縁起を担いで柏の枝をさして戦ったら、戦いの後に葉が三枚残った。
・ 室町時代に山内家の先祖が柏の枝を折って旗指物にしていた。

■ 山県家
・ 山県有朋(丸に三つ鱗紋
・ 山県昌景(桔梗紋

■ 山名政氏【家紋: 丸に堅三つ引両紋二つ引紋
・ 新田家の出の山名家は、もとは新田家と同じ一つ引紋を用いていたが、後に足利尊氏に従って新田家と対立したので、一つ引紋に足利家の二つ引紋を加えて三つ引両紋を使うようになった。後には足利家から二つ引紋を賜って、それを用いた。

■ 結城家【家紋: 右三つ巴紋

■ 吉田松陰【家紋: 五瓜に隅立て卍紋】
・ 吉田家は藤原氏の流れをくむ。吉田家の家紋は、もとは平安貴族が好んだ木瓜紋だったが、後に変えたとも言われる。

■ 竜造寺家
・ 龍造寺隆信(十二日足紋

■ 脇坂安治【家紋: 輪違い】
・ 羽柴秀吉から白輪違い紋入りの赤母衣(あかほろ)を賜ったのに由来する。

■ 和田義盛【家紋: 七曜紋】

■ 渡辺家【家紋: 渡辺星

【番外編】

■ こち亀の登場人物の家紋(笑)
・ 部長: 雪輪に笹竜胆
・ 中川: 蔓三ッ葵
・ 麗子: 撫子枝丸
・ 寺井: 三階笠
・ 両さん: 桐紋?
・ 爆竜大佐: 竜頭兜
・ 磯鷲早矢の母: 三本重ね矢


【参考資料】

・ 家紋と家系事典 丹羽基二 講談社
・ 日本人が知らない家紋の秘密 武光誠 だいわ文庫
・ 見て楽しい 読んで学べる 家紋のすべてがわかる本 PHP研究所
・ 名家・名門の世界 インデックス編集部 イースト・プレス

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