荘園
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■ 荘園(しょうえん)

・ 荘園という用語は後世の人が作った言葉で、当時は「荘(庄)」「保」「杣(そま)」「(まき)」「御厨(みくり)」などに区分された。

・ 荘園とは何か?簡単にいうと「免税の私有地」だそうだ。荘園の本来の意味は(公家の)別荘の庭園という意味らしい。つまり、「田畑でなく庭園だから、税を払う必要は無い」という解釈のようだ。

・ 元来の所有者がもつ荘園を、本庄、本所、本家と言った。本来の所有者が、遠く離れた荘園の管理を任せた担当者関連を領家と言った。領家地名は各地にある。

・ 荘園領主の土地は1箇所に固まらず、散在していた。これを散田、または一色田と言う。

・ 荘園の名目上の領主は「権門(けんもん)」と言われた。

・ 荘園の特殊な形態である「杣」「」「御厨」。

・ 杣(そま)は材木を納めた。材木がとれる山地を荘園にした。滋賀県杣川。

・ (まき)は馬の牧場。馬の牧場を荘園にした。山梨県牧丘。

・ 御厨(みくりや)は伊勢神宮や賀茂神社のような権威の高い神社の荘園。御厨は「三久里」や「三国」に転じた。

・ 荘園の領主で普段は畿内にいる人たちを「本所」「本家」「領家」と言った。「本家」は「領家」の親分?本所は支配を行う「権門」。

・ 下司は中央から来た下役人。文書を取り扱うのが「公文」で、雑事を行うのが「下司」。

・ 荘園とは、一般的には「奈良時代から戦国時代にかけてみられた、貴族や寺社の大土地所有形態」であるが、その時代時代によって実態は様々であった。

・ 屯倉(みやけ)と田荘(たどころ): 
 屯倉とは、支配や農業経営の拠点である宅(やけ)を中心に倉庫や田地や人から構成される。農業だけで無く鉱山や海産物を含めた大王の所領。
 田荘は豪族が所有するもので内容は屯倉に似ている。

・ 大化2年(646年)の大化改新詔の第1条に「昔の天皇などの立てたまえる子代の民、処処の屯倉、及び別に臣・連・伴造・国造・村首の有する部曲(かきべ)の民、処処の田荘をやめよ」とある。

・ 「庄」は土地全体を意味し、「荘」は園地(耕作地)の管理棟を意味したが、庄園と荘園の違いは無い。【地名でたどる埼玉県謎解き散歩 新人物文庫】 

■ 名(みょう)

・ もとから荘園であったところも国衙領も荘園単位に区分されるようになった。そして荘園は有力農民、もしくは下層武士と呼ぶべき人たちが持つ「名(みょう)」という土地を寄せ集めた形となり、太閤検地までつづいた。

・ 中世の武士が名字地と言った所領は10世紀始めに作られた「名(みょう)」の制度に基づく。 一般に「名」は国司から土地を与えられた農民の名前を土地台帳に記載する習慣に由来する。

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