「太秦」の地名の由来
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■ 太秦(うずまさ): 京都府京都市右京区太秦

・ 太秦(うずまさ)の名字

・  京都の太秦(うずまさ)は、五世紀末に朝鮮半島南端の小国である金官加邪国(きんかんかやこく)から大集団で移住してきた秦(はた)氏の本拠地として栄えた。

・ 秦氏は飛鳥時代から奈良時代にかけて京都盆地の土地開発をおこない、その結果奈良から京都への遷都のきっかけともなった。 桓武天皇の母の高野新笠は京都市西京区大枝を本拠地とする渡来系の和(やまと)氏の出。和氏は秦氏の影響下にあった。京都への遷都も風水で選ばれた。【 出典: 日本地図から歴史を読む方法 武光誠 著】

・ 神奈川県秦野、羽田、波田、幡多などの地名は、秦氏由来といわれる。

・ 太秦の由来: 秦氏の先祖が初めて朝廷に絹を献上したときに、それが「うず高く」積まれていた。それを記念して秦氏が「う豆麻佐(うずまさ)」と呼ばれるようになった。

・ 「秦」は「海(はた)」の佳字で、海洋民倭人の本拠地であった狗邪韓国(くやからくに)から渡来し、渦族(うずぞく)は「巴(うづ)」とも言われ、巴は太いので「太(うづ)」とも書き、また、首長を「勝(まさる)」ともいい、「勝」に「秦」をあてて「マサ」といって、「太秦(うずまさ)」と名乗るようになった。

・ 秦氏が伏見稲荷を信仰したため、秦系の豪族の居住地には稲荷社が作られることが多かった。

・ 渡来人の秦氏(秦酒公・はたのさけのきみ)が雄略天皇に税として、絹を「うず高く積んだ」ことに由来し、朝廷から「兎豆満佐・うずまさ」の姓を賜った。そして秦氏は秦の始皇帝の子孫を自称し、「秦氏の拠点(太)」といういみで「太秦」の字をあてた。

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