「遠敷」の地名の由来
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■ 遠敷(おにゅう): 福井県小浜市遠敷

・ 当地は古くから「おにふ」の名で呼ばれ、若狭地方における文化の中心を形成していた(遠敷郡誌)。郡の名も同じ「おにふ」であったが、これはこの集落の名がそのまま転用されたものであろう。「おにふ」は最初は小丹生と表記されたが、8世紀初頭からは遠敷の字が当てられるようになった。これは和銅6年の元明天皇の詔によるものと推測される。遠敷は音続みでも「おんふ」としか読めないのになぜ「おにふ」となったのかについては、漢字の鼻音語尾で舌音のン(n)は昔は「ナニヌネノ」に転用されることがあったという音韻学に基づく指摘がある。また、遠敷という言葉の由来と意味については、朝鮮語のウォンフー(遠くにやるの意)からきたものだという朝鮮との結びつきを指摘する声が以前からある。そのほか「おにふ」は天平19年の「大安寺伽藍縁起并流記資材帳」には「乎入」、「和名抄」では「乎爾布」などとして登場する。集落の中央部に切れ落ちている湯谷山は戦国期に守護武田氏の家臣内藤下総守の居城のあった場所であるが、同山北麓には養老5年創建と伝える若狭国二宮の若狭姫神社が鎮座している。若狭姫神社の前に広がる市場地区は、中世に市が立った所として知られている。また、検見坂地区の背後にそびえる万灯山周辺には6世紀後半のものと推定される数多くの古墳がある。【角川日本地名大辞典】

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