「高崎」の地名の由来
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■ 高崎(たかさき): 群馬県高崎市

# 「井伊直政から相談を受けた龍門寺の白庵和尚が、成功高大の意味で名付けた。」「鷹を放ち城地を定めたことから鷹ケ崎城と呼ばれそれが転訛した。」などの説がある。

# 古くは「赤坂(赤土の坂のある所)」宿、ついで「和田(山に向かって扇状に田のある所)」宿などと言った。井伊直政がこの地に計画的な城下町を造り、地名を和田から高崎に変えた。高崎は高い山脈の先にある土地の意味。【JR・第三セクター 全駅ルーツ事典 村石利夫 東京堂出版】
※ 群馬県高崎市和田町の名が残る。

# 白庵和尚の提言により井伊直政が命名したといわれるが異説もある。「高く突き出た丘陵の端」という自然地名の可能性もある。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】

# 井伊直政は箕輪城から和田(高崎)城に移り、あらたに城下町を作った。その際に「和田」を「高崎」に変えた。「高崎志」によると、「慶長三年戊戌、中山道を開かれしに及びて、和田は緊要の地なればとて、直政に仰せ、城を築しめこれを賜ふ、此時、直政地名を更て松カ崎と云わんと・・・・・されば成功高大の義に取て、高崎とし玉はんいかいかと云いければ、直政大いに悦て高崎と名づけられ、且高崎の二字を以竜広寺の山号となすべきよしを命じられる」
 つまり直政がこの地を「松カ崎」と命名しようと竜広寺の住職に相談したら、もっともなことですが、ゥ木には栄枯があり、物には疆(盛衰)があることは珍しくありません。殿様が家康様の命を受けてこの城を築かれたのは、権力の頂点にたった大名になられたからです、そうあれば、「成功高大」の意味をとって「高崎」と名づけられた方が良いんでしょうと云ったので、直政は喜んで「高崎」と名づけた。【戦国大名はなぜその「地名」をつけたのか? 谷川彰英 朝日新聞出版】

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