「仙台」の地名の由来
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■ 仙台(せんだい): 宮城県仙台市

1600年に伊達政宗が青葉山に築城を始める。

そこは、広瀬川と名取川に囲まれた原野で、「川の内」をあらわす「川内(せんだい)」と呼ばれた。げんに、広瀬川の西側にある東北大学のキャンパスは「川内(かわうち)キャンパス」という。

ところが、政宗は築城の時に「仙台」に改める。

唐の韓こう(「広」遍に「羽」)という詩人の作品の中に、「仙台に初めて五城の楼を見る」という句がある。政宗はこの句が気に入り、同音の自分の本拠地を「仙台」とした。
他に、慈覚大師円仁がこの地に千体の仏像を祀った。それが、千体→千代→仙台となったという説も。

・ 諸説あるがはっきりしない。「カハウチ」に「川内」の文字をあて、音読みにしたからという説が、仙台城の地形からすれば妥当か。千代の読み替えに基づく瑞祥地名という説も説得力のある説であろう。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】 

・ 千代から仙台に変えた。この城の脇に「千体仏」があったことによるという。
千代城の地にあった千体仏は、城をとりたての時、虚空蔵菩薩像とともに経ヶ峯に移し、万治2年に二代藩主の伊達忠宗の廟所の感仙殿造営のときに愛宕山に移した。

・ 千を仙に変えたのは、唐時代の漢詩の「同じく仙遊観に題す」からとったという。

# 安吾の新日本地理(3) 伊達政宗の城へ乗り込む−仙台の巻− 坂口安吾
伊達政宗は水陸輸送の便のいい石巻の日和山に築城したかったが、政宗は徳川家康を「意地の悪い狸親父のことだから、第一候補は退けられるとして、第二候補の青葉山を第一候補として申し出た。しかし、それはあっさり承認された。戦国の世なら別として、平和な江戸時代に青葉山は不便だよなぁ。まぁ、ほんとの話かは知らないが。

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