「親不知・子不知」の地名の由来
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■ 親不知、子不知(おやしらず、こしらず)

静岡県の興津付近は、海底が隆起した地形で断崖となっていて、昔は波打ち際の危険な道しかなかったそうだ。そのため通行人は、波が寄せてくる合間を縫って通るしかなかった。

江戸時代に薩た(←土へんに垂)峠を越える山道が開通。その後、峠の急坂をさけて山よりに迂回するなだらかな山道が開通したそうだ。

そして海沿いの崖道を「下道」、峠越えの急峻な山道を「中道」、山を迂回した道を「上道」と呼んだ。その後江戸末期の安政の大地震で、下道は隆起して波に洗われることもなくなった。現在はそこを国道1号線や東名高速、東海道線、東海道新幹線などが通っているが、台風などが来ると高波で東名高速の下り線が通行止めになる。そこで作られたのが新東名高速である。もっとも新東名の目的はこういった理由だけでは無く、東名の混雑緩和の意味もあるのだが。

※ このように、地形というものは絶対的で永続的なものでは無く、100年もたてばがらっと変わっていく程度のものである。福島県の裏磐梯なども磐梯山の噴火で、そう昔ではない近世にできたものだ。なお、表題の「親知らず、子不知」は昔興津周辺の「下道」の呼称であり、新潟県と富山県の県境部だけを呼ぶものではないようだ。

# 実際、北陸の親不知をどうやって越えたか

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