「体」の地名
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「体」族の名字  
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【足】

■ 足利(あしかが): 栃木県足利市。「あし」は「葦」。「かが」は「こが」で「未開の草地」を意味する。【地名苗字読み解き事典 丹羽基二 柏書房】

■ 足柄(あしがら) → 詳細

■ 足助(あすけ): 愛知県豊田市足助町。・ 足助荘: 鎌倉時代から戦国期にかけて見川国加茂郡にみられた荘園名。尾張源氏浦野重遠の子山田重直の第6子右兵衛尉重長が初めて足助氏を称した。足助重治は康永元年に懐良親王に従って九州へ赴き、重春はその翌年安芸へ移って小早川氏に仕えたというが、15世紀に足助氏が当荘を領していた史料があるので、一族が分裂したのであろう。16世紀には足助氏は没落して鈴木氏の領するところとなった。【角川日本地名大辞典】

【頭】

■ 頭無(かしらなし): 川や沼で、水源がはっきりしない場合につかう。

【髪】

■ 髪白荘(かみしろのしょう): 室町時代に安房国(千葉県)にみられた荘園名。

■ 黒髪(くろかみ): 熊本県。地名は、立田山が古く黒髪山と称されたことにちなむ。【角川日本地名大辞典】

■ 黒髪山(くろかみやま): 栃木県。男体山の別称である。男体山は延暦元年勝道上人によって開かれ、補陀落山と称し、後に二荒山と改められたともいう。仏教と山岳信仰の結びついた一大霊場としての成立は早かった。南麓に二荒山神社が、山頂には奥宮がある。このようなことから「くろかみ」の語について「黒神」にあたり、「神山の樹々の色がうっ蒼とする」ことより称するの説もあるが、古くから和歌の歌枕としてよく使われていた。「万葉集」に「ぬばたまのくろかみ山を朝越えて山下露に沾れにけるかも」とあるのがその例である。しかし、この場合格別に男体山を指してはおらず、くろかみ山を男体山にあてた歌として15世紀の「廻国雑記」に「ふりにける身をこそよそに厭ふともくろかみ山に雪を待つらん」がそれであるという。したがって室町期には男体山の別称となっていたようである。しかし、世間一般に広く知られるようになったのは芭蕉の「奥の細道」中の「黒髪山は霞かかりて雪いまだ白し」(旧暦4月1日の条)との詞書、また曽良の「剃り捨てて黒髪山に衣更」によってである。【角川日本地名大辞典】

【首】

■ 「首地」は「窪地」のこと。

■ 野首(のくび): 岐阜県飛騨市神岡町野首。地名の由来は「耕地を開拓し時、野の頭に当りし所なりし故に、野首村といひしならむ」という。【角川日本地名大辞典】

■ 野首(のくび): 岐阜県飛騨市宮川町野首。地名の由来は、往古当地一帯は広野で、その野頭を切り開き開墾したことによるという。【角川日本地名大辞典】

【毛】

■ 毛穴(けな): 京都府京都市北区上賀茂毛穴井町(けあないちょう)。室町時代から山城国愛宕(おたぎ)郡河上郷に見られる地名。
 
■ 毛穴(けな): 大阪府堺市中区毛穴町(けなちょう)。鎌倉時代から和泉国大鳥郡にみられる地名。鎌倉末期の大鳥荘の悪党に毛穴氏が見え、戦国期には遊佐氏の被官としてもその名が見える。【角川日本地名大辞典】

■ 蓑毛(みのげ): 神奈川県秦野市蓑毛。地名に関しては、大山に登り雷雨にあった日本武尊に蓑と笠を村人が送ったためという伝説が残る。【角川日本地名大辞典】

【舌】 → 「舌」の名字

■ 舌辛(したから): 北海道釧路市阿寒町舌辛。江戸期から見える地名で、古くはシタカロといった。地名の由来には、アイヌ語のシタカラ(犬が子を産んだ所の意)による説(北海道蝦夷語地名解)、シットゥカリ(山の手前の意)による説がある。【角川日本地名大辞典】

■ 舌田村(しただむら):  愛媛県八幡浜市舌間?明治から昭和にかけて愛媛県西宇和沼郡にみられた村名。舌間浦・合田浦が合併して成立。【角川日本地名大辞典】

■ 舌郷(したのごう): 福井県大野市(上・下)舌(した)。平安時代末期から戦国時代にかけて越前国大野郡小山荘にみられた郷名。南北朝期の延元4年7月5日に南朝方の堀口氏政は居山城を出て「香下」の城を攻略したと伝えるが、この香下とは舌を指すとされている。
 暦応3年の熊谷直経代三山重行軍忠状によれば、同年8月9日に幕府方は「舌城」の攻撃を開始し、同12日夜に井山城からの敵勢を撃退し、翌13日には舌城を攻め落としたことが知られる。この舌城跡が近世上舌村の茶臼山城跡と考えられる。【角川日本地名大辞典】

■ 舌喰池(したはみいけ): 塩田平の溜池(しおだだいらのためいけ)のこと。長野県上田市の塩田平にある溜池の総称。塩田平は、大明神岳・独鈷山の山麓に広がり、産川(さんがわ)と大小200余の溜池による灌漑地域である。盆地を流れる産川とその支流は集水面積が少なく、年間降水量が900mmの寡雨地で、水量に乏しい。【角川日本地名大辞典】

■ 舌山(したやま): 富山県黒部市舌山。かつては、若栗(わかぐり)村大字舌山新村を改称。
・ 舌山新(したやましん): 富山県黒部市。地形が傾斜し人間の舌の形に似ているから舌山とつけたという。【角川日本地名大辞典】

【爪】

■ 猪爪(いのつめ): 福井県坂井市丸岡町猪爪。

■ 惣爪(そうづめ): 岡山県岡山市北区惣爪。地名の由来については、古代には海であり、これを惣埋めに埋めたと伝えられ、いつの頃か惣爪に変わったとの説もある。【角川日本地名大辞典】

■ 爪白(つまじろ): 高知県土佐清水市爪白。地名由来について、口碑に「往昔蹄の純白なる鹿の此の里に出し事あり、爪白の名之に起因す」とあるが、海岸線の白っぽい三崎層の地層が、西の詰で四万十帯の黒い岩層に断たれている地形に由来するもので、詰まで白い、すなわち詰白が転訛したものという。【角川日本地名大辞典】

■ 爪(つめ): 岐阜県岐阜市爪。

■ 爪田ケ谷(つめたがや): 埼玉県白岡市爪田ケ谷。爪田ケ谷の「ツメ」は、隅を意味する「ツマ」の転化したものとみられる。【角川日本地名大辞典】

■ 橋爪(はしづめ): 岐阜県養老郡養老町橋爪。地名の由来は、「牧田川に長橋ありて、其東の橋詰の里なる故かく名づけし物なるべし、今は橋なし」という。【角川日本地名大辞典】

■ 猿爪(ましづめ): 岐阜県瑞浪市陶町猿爪。地名は、地内関屋の庚申石碑の三猿が爪の字に見えることに由来すると伝える。【角川日本地名大辞典】
* 「猿」のことを「ましら」というので、読みはそこからきたのであろう。

【手】

■ 幸手(さって): 埼玉県幸手市。薩手とも書く。大落古利根(おおおとしふるとね)川と中川の間の沖積地に位置する。地名はアイヌ語から解され、乾いた(サッツ)原野からその名が起こったという。【角川日本地名大辞典】
※ いつも思うんですが、昔は関東地方までアイヌ語の影響を受けていたわけ?日本武尊東征の折、「薩手ケ島」に上陸したとされているのが由来との説もあるそうだが。

■ 下手渡(しもてど): 福島県伊達市月舘町下手渡。中通り北部、広瀬川上流沿岸、布引山北麓に位置する。東部の字天平(てんだいら)には下手渡藩の陣屋跡がある。
・ 下手渡藩: 文化3年筑後国三池から立花種善が当地に転封を命ぜられ、領有村10か村・石高約1万石の下手渡藩が成立した。藩主や藩士は天平の台地に陣屋を設けて居住した。【角川日本地名大辞典】
・ 手渡村(てどむら): 福島県伊達市月舘町。手戸村とも書いた。元禄9年上手渡村・下手渡村に分村【角川日本地名大辞典】
※ 下手渡があるんだから「手渡」があるだろうと調べて見ました。やはり手渡村が上下に分村したようですね。ところで、「てど(手渡・手戸)」ってなんだろう?近くに「広瀬川」が流れているし、地名に「渡」が入っているし、渡船場由来かなぁと思ったが、「手戸」とも書いたらしく、由来は不明。

■ 手樽(てたる): 宮城県宮城郡松島町手樽。地名の由来は、入江の形が手樽に似ているからという。【角川日本地名大辞典】
・ 手樽郷: 戦国期に陸奥国高城保にみられる郷名。

【歯】

■ 姉歯(あねわ) → 詳細

■ 歯長寺(しちょうじ): 愛媛県東宇和郡宇和町大字伊賀上字江良にある寺院。本尊は千手観音。寺伝によると孝謙天皇の勅願寺で、治承年中、藤原秀郷の9世の孫足利又太郎忠綱が補修し、馬頭観音を安置したという。寺号は忠綱の歯が長かったのでこの名がついたという。【角川日本地名大辞典】

■ 歯長峠(はながとうげ): 愛媛県東宇和郡宇和町と北宇和郡吉田町の境にある峠。歯長寺に由来する地名なのか?

■ 歯舞(はぼまい): 古くはハボマエともいった。根室地方南東部、根室半島の南東端。太平洋海上にポンコタン島・ハボマイモシリ島・イソモシリ島がある。地名は、現在ポンコタン島と呼ばれている島の旧名ハボマイモシリに由来し、アイヌ語のア※・オマ・イ・モシリ(流氷・ある・もの・島の意)による。一説には「ハホマエとは息を留居て噴出すと云儀」ともいう。【角川日本地名大辞典】

【鼻】

■ 鼻毛石(はなげいし): 群馬県前橋市鼻毛石町。戦国時代に上野国勢多郡女淵郷にみられる地名。天正年間、この地に北爪氏の名が見える。【角川日本地名大辞典】

【眉】

■ 眉山(びざん): 徳島県徳島市にある山。山名の由来は「万葉集」の船王の「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山かけて漕ぐ舟とまり知らずも」から命名されたとされているが、詳細は不明である。「阿波志」には「富田山、西富田にあり。医師七条寿庵始めて眉山と呼ぶ。船王の歌を知らざるなり。いわゆる〈眉のごと雲間に見ゆる〉とは遠山を汎称し一山をさすにあらざるなり」と述べている。他説には、京の歌人有賀長伯が蜂須賀氏の歌会で「立春のみどりをこめて佐保姫の粧ひふかく霧む山まゆ」と詠んだのを起源ともする。いずれにしても山全体を眉山と称するようになったのは、幕末のことで、それ以前は麓の地名から佐古山・富田山・八万山・名東山・中津山・福万山・柿谷山・長谷山などとさまざまに、また部分的に呼んでいた。他に、寺社などの関係から大滝山・勢見山・万年山とも呼ばれる場所もある。

【耳】 → 「耳」の名字

■ 熊耳(くまがみ): 福島県田村郡三春町熊耳。熊神とも書いた。熊神とも書いた。中通り中部、阿武隈(あぶくま)山地の西縁部に位置する。起伏の多い丘陵と低地が入り組んでいる。阿武隈川や地形に由来するのかな?

■ 耳納(みのう): 福岡県久留米市山本町耳納。地名は耳納山に由来する。耳納の名は、浮羽郡の観音寺の然廓上人が法力で牛鬼を退治しその耳を埋めたことから起きたという。【角川日本地名大辞典】

■ 耳原(みのはら): 大阪府茨木市耳原。皆原・美奈原とも書き、「みなはら」ともいう。地名は、往古耳麻呂という人が当地を開拓し、数代富貴を極めたので耳原という地名が起こったという。【角川日本地名大辞典】

■ 耳(みみ): 飛鳥時代から若狭国(福井県)耳川流域にみられる地名。奈良時代から平安時代には弥美郷の名が見える。福井県美浜町周辺?

■ 耳(みみ): 鳥取県倉吉市耳。 → 詳細

■ 耳浦(みみうら): 富山県氷見市大浦。神代(こうじろ)川の右岸に位置し、十三谷平野が展開し、その果ては十二町(じゆうにちよう)潟に臨む。集落は石坊・上出・長出(ながんで)・浦出・中田浦・寺前出・金浦の7垣内(かいと)に分かれる。【角川日本地名大辞典】
・ 耳浦荘: 南北朝期から越中国射水郡にみられた荘園名。布勢水海(ふせのみずうみ)の南岸一帯の地で、深泥水田が多い沼沢地帯。地名の由来は不明だが、耳を美々と解すれば、風光美しい浦の意か。「万葉集」にいう布勢水海の湖畔であり、あまたの岬角の鋸歯の如く出入し、春に藤の花が咲き乱れたことから風光の美を謡い込まれた所であった。【角川日本地名大辞典】

■ 耳打(みみうち):  和歌山県田辺市本宮町耳打。地名について「続風土記」に「耳打の義詳ならす、或は峰内の転するならんか」とある。【角川日本地名大辞典】
・ 耳打: 室町時代から紀伊国牟婁郡にみられる地名。耳内・見々打・みみうちなどとも見える。【角川日本地名大辞典】

■ 耳江(みみえ):  鳥取県湯梨浜町(旧東郷町門田)。鎌倉時代に伯耆国河村郡東郷荘にみられる地名。【角川日本地名大辞典】

■ 耳谷(みみがい): 福島県南相馬市小高区耳谷。

■ 耳聞山(みみきやま):  石川県加賀市大聖寺耳聞山町。地名の由来は当地の北にある小丘陵耳聞山による。江戸期同山頂に敷地天神の末社の1つ耳聞堂があり、この堂の石祠中に耳を入れると常に人のささやく声がすることから、毎年除夜に翌年の豊凶を聞いたといい、石祠は寛永ごろまで存在したと伝える。【角川日本地名大辞典】

■ 耳塚(みみづか): 長野県安曇野市穂高有明耳塚。地名は地内の耳塚と称する古墳にちなむ。塚には、古くから耳の神様として近在の人々に知られる「大塚様」の祠鳥居がある。耳塚の成立については安曇氏の墳墓で、「みみ(耳)」はその尊称であるとも魏石鬼八面大王の耳を埋めた塚であるとも伝承される。付近の立足村は八面大王の足を埋めた地、新屋地内の矢村は坂上田村麻呂が八面大王を射殺した時の山鳥の羽の矢を献じた人にちなんだものなどの地名説話がある。いずれも有明山の霊地をめぐる伝説である。【角川日本地名大辞典】

■ 「耳取」の地名は宮城県を中心に東北地方にまとまってみられる。

■ 耳取(みみとり): 新潟県見附市耳取町。信濃川支流刈谷田川の南。集落はもと現在地よりも西側にあったが、江戸後期に移動したと伝えられる。【角川日本地名大辞典】
※ 洪水などの災害で移転したのか?

■ 耳取(みみとり): 長野県小諸市耳取。このあたりは「和名抄」佐久郡美理郷の旧地といわれ、「みとり」が転訛して耳取になったという。【角川日本地名大辞典】
・ 耳取郷: 戦国時代に信濃国佐久郡平原荘にみられた郷名。耳執とも見える。当地は大井荘地頭大井氏の支配下にあったといわれ、同氏は五霊の地に館と構え、のちに耳取城(鷹取城)を築いたとされている。【角川日本地名大辞典】

■ 耳取(みみどり): 宮城県大崎市古川耳取?多田川西岸に位置し、南・西は加美郡に接する。地名は「丹取(にとり)」すなわち瓶や瓦などを焼く赤土や粘土を取った場所を意味するといわれる。【角川日本地名大辞典】
・ 宮城県仙台市宮城野区蒲生耳取。宮城県石巻市北村耳取。宮城県角田市藤田耳取。宮城県多賀城市高橋耳取北。宮城県栗原市一迫嶋躰耳取。宮城県大崎市田尻小塩耳取。宮城県大崎市古川耳取。宮城県柴田郡大河原町堤耳取。宮城県黒川郡大郷町大松沢耳取。宮城県遠田郡涌谷町成沢耳取。

■ 耳成(みみなし): 大和時代から大和国(奈良県)にみられる地名。耳梨・無耳とも書き、山については青菅山・梔子(くちなし)山とも別称された。大和三山の1つ耳成山の周辺に位置する。ミミは突出部を意味し、ナシは生(な)しで、耳成山は「平野の中に耳の生えたような山」を意味するか。現在の橿原市木原町付近に比定される。【角川日本地名大辞典】

【目】

■ 目名(めな): 北海道寿都郡黒松内町目名。地名は、アイヌ語のメナ(上流の細枝川の意)に由来する。【角川日本地名大辞典】

■ 目名(めな): 青森県下北郡東通村目名。地名の由来は、枝川が大川へ合流する地点の意のアイヌ語といわれる。【角川日本地名大辞典】

■ 目長崎(めながさき): 秋田県秋田市太平目長崎。

【指】

■ 指合(さしあわせ): 新潟県村上市指合。

■ 指江(さしえ): 石川県かほく市指江。一説によると、「順徳天皇が佐渡に配流される途中に嵐にあって、宇ノ気町に上陸し、東方のこの地指さして、かしこはいずこぞ」と言ったことに由来する。
・ 指江(さしえ): 石川県かほく市指江。地名の由来は、順徳天皇が佐渡に配流される途中台風に遭い、現在の宇ノ気(うのけ)町大字大崎付近に上陸し、東方に当たる当地を指さし、かしこはいずこぞと問うたことによるという。【角川日本地名大辞典】

■ 指塩(さしお): 新潟県
・ 能生川下流域右岸。集落は能生川狭窄部に近く、河川増水による水害により集落移転が多かったと伝えられる。【角川日本地名大辞典】

■ 指扇(さしおうぎ): 埼玉県さいたま市西区指扇。指扇子・差扇とも書く。県東部、荒川と鴨川にはさまれた大宮台地上に位置する。中央部と北部には樹枝状に入り込んだ開析谷があって複雑な地形を形成。特に西側は古荒川の流路があったと考えられ、比高約5mの急崖となっている。「さしおぎ」とも称しているが、「サシ」は日向地や傾斜地、「オギ」は崖・湿地の意があり、地形からつけられた地名である。【角川日本地名大辞典】
・ 指扇村(さしおおぎ): 埼玉県さいたま市西区。領地の形が扇ににていたという伝説によるが、実際は、「指(さし)」は焼畑を意味する。昔は武蔵国足立郡差扇や指扇子とも書いた。「サシ」は傾斜地を意味し、「オギ」は崖や湿地を意味し地形由来という説もある。【埼玉県地名辞典 韮塚一三郎 関東図書】

■ 指方(さしかた): 長崎県佐世保市指方町。金山の近くに佐志方詮芳の居城であった館の城址がある。

■ 指杭(さしくい): 兵庫県美方郡新温泉町指杭。岸田川の支流田井川中流域。「但馬郷名記」には二方村とあり、二方神社があるので二方村といったといい、健児所や兵主神社もあったという。字城山には矢谷伯耆守が居城したという戦国末期の城跡があり、宝物が「朝日さす、夕日さす、白なるてんのあいにある」と言い伝えられ、明治40年頃には村人が木を伐って焼畑にする時に掘ってみたが、田井の浜石のような石が多数出土しただけだったという。「延喜式」神名帳に所載する二方郡内五座の筆頭二方神社は、字仲瀬にあり、土原様と呼ばれて尊崇された。【角川日本地名大辞典】
※ 地名の由来の記載はないが、「明治40年頃には村人が木を伐って焼畑にする時・・・・・」という下りがあるので、やはり焼き畑由来の地名か?

■ 指田(さしだ):  静岡県賀茂郡南伊豆町。戦国時代に伊豆国にみられた地名。当地に仙波氏の名がみえる。現在の南伊豆町大字入間の通称差田に比定される。【角川日本地名大辞典】

■ 指出(さしで): 新潟県見附市指出町

■ 指梨村(さしなしむら): 平安時代に越中国礪波郡にみられた村名。延暦4年9月30日の国司牒に井山荘四至の北の境界の一部として指梨村が見える。指梨村という地名は神護景雲元年の井山村墾田地図には見えないので、おそらく奈良期以後延暦年間までにできた村と推察することはできるが、明治22年の市制町村制によって合併した村名には見えず詳しいことはわからない。現在井山荘域は礪波(となみ)市東部の庄(しよう)川右岸地区に比定されており、指梨村もその付近にあったと思われる。【角川日本地名大辞典】

■ 指浜(さしのはま): 宮城県牡鹿郡女川町指ケ浜。「さすがはま」ともいい、指ケ浜とも書く。「さす」は焼畑の意であるところから、焼き畑から開けた所の意味と考えられている。【角川日本地名大辞典】

■ 指物(さしもの): 京都府京都市中京区指物町。

■ 指柳(さしやなぎ): 奈良県天理市指柳町。
・ 指柳荘: 鎌倉時代から大和国山辺郡にみられた荘園名。当地は石上神社の信仰圏である布留郷に属した。【角川日本地名大辞典】

■ 指江(さすえ): 鹿児島県出水郡長島町指江。

■ 指崎(さっさき):  富山県氷見市指崎。


【体の地名・番外編】

■ 秋田県由利本荘市赤田金糞台
■ 秋田県雄勝郡東成瀬村田子内苅糞沢
■ 愛知県一宮市浅井町江森金糞
■ 愛知県田原市南神戸町鷹糞

■ 糞置荘(くそおきのしょう): 奈良時代から平安時代にかけて、越前国足羽(あすわ)郡にみられた荘園名。福井平野の南、文殊山麓の北側に立地。国司の作成した史料には糞置村と記される。【角川日本地名大辞典】

■ 金糞谷
・ 高尾村: 石川県加賀市。江戸時代から明治時代中頃にかけて加賀国江沼郡にみられた村名。所々に大穴があり、特に金糞谷は30間以上もある。【角川日本地名大辞典】
※ 金糞谷の名が見える。鉱山由来か?
 
■ 金糞谷
・ 富海村: 鳥取県倉吉市。江戸時代から明治時代中頃にかけて伯耆国久米郡にみられる村名。付近一帯の花崗岩の風化した土砂からは、真砂と呼ばれる良質の砂鉄がとれたという。そのため、近世に砂鉄を採集した鉄穴(かんな)井手の跡が多く見られ、村内の金糞谷には鈩(たたら)製鉄の跡もある。【角川日本地名大辞典】
※ やはり、「糞」は「金糞」で鉱山由来かな?

■ 岩手県奥州市胆沢区若柳尿前(しとまえ)
■ 岩手県奥州市胆沢区若柳下尿前(しとまえ)
■ 宮城県大崎市鳴子温泉尿前(しとまえ)
・ 志登米: 戦国時代に陸奥国栗原郡にみられた地名。志登米は尿前である。【角川日本地名大辞典】
・ 尿前町: 江戸時代に陸奥国玉造郡鳴子村にみられた宿駅名。仙台藩伊達氏創設の宿場で、羽前街道(最上街道)筋の玉造五駅の1つ。明治43年当地方に大洪水があり、荒雄川が氾濫、尿前町は大半流失、その後もたび重なる出水で荒廃。現在は鳴子町の字尿前の地名が残り、5世帯で集落をなす。【角川日本地名大辞典】

■ 山形県鶴岡市大半田尿田(ばりだ)
・ 松尾芭蕉の句に「ノミ シラミ 馬のバリする 枕元」というのがあります。「尿」=「しと」=「ばり」のようですね。

■ 牛屎院(うしくそいん): 平安時代から戦国時代にかけて薩摩国(鹿児島県)にみられた院名で現在の大口市周辺。牛屎氏がいた。後に牛山院へと改称された。【角川日本地名大辞典】

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