土佐国
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# 旧南海道。

# 現在の高知県

# 太閤検地での石高: 10万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】

# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。土佐国は42位。

# 土佐=遠狭(とさ)又は門狭(とさ)。

# 土佐の守護は京兆細川氏だったが、長宗我部氏が土佐国長岡郡岡豊(おごう)城(南国市)を本拠として台頭してきた。

■ 幡多郡(はたぐん): 土佐国の郡名。波多・八多・畑とも書かれた。もと波多国で、「先代旧事本紀」巻10の「国造本紀」に「波多国造 瑞籬(崇神)朝御世、天韓襲命依神教云、定賜国造」とあり、成務天皇の代に国造を定めた都佐国より先に成立している。栗田寛は「国造本紀考」で、大和に波多郷があることから波多国号は大和から移したもので天韓襲命は韓人であろうといい、また国造に渡来人の秦氏を置いたから波多国というとの鈴木重胤の説も載せている。波多国は、大化改新により成立した土佐国に併合され、幡多郡となったと考えられるが、その時期は定かではない。【角川日本地名大辞典】
・ 「端」の意味で、「山の端」とか「海辺」につけられたもの。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】


# 続日本紀・文武天皇2年(698年): 正月8日: 土佐国が牛黄(ごおう・牛の胆石で薬用)を献じた。

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