長門国
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# 旧山陽道。

# 現在の山口県の西部。

# 太閤検地での石高: 13万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】

# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。長門国は54位。

# 長門: かつては「穴門(あなと)」と呼ばれた。穴門とは狭い関門海峡由来するものと思われる。古来より銅の産地で東大寺の大仏の材料の銅を運び出した。

# 長門国(ながとのくに): 長門国は始めは穴門・穴戸(あなと)と記された。穴門の地名の由来は、同地の南西端の赤間関と対岸の豊前国との間がわずかに潮の満干の道ばかりであたかも穴の如くであるからという。【角川日本地名大辞典】

■ 厚狭郡(あさぐん): 長門国(山口県)の郡名。寛文4年までは厚東・厚狭(厚西)の両郡からなっており、以後、厚狭郡に統一される。【角川日本地名大辞典】
・ 古くは「あつさ」と言った。「あつ(崩壊地形)」+「さ(接尾語)」という地名。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】
# 厚狭郷: 平安時代に長門国厚狭郡にみられた郷名。郡名もこの地名による。伊勢本・東急本の訓は「安都佐」、高山寺本では「阿豆佐」とするが、現在は「あさ」と称す。【角川日本地名大辞典】


# 続日本紀・文武天皇2年(698年): 9月28日: 近江国に金青(こんじょう・紺青とも書き、青色の顔料)を献上させた。伊勢国には、朱沙(すさ)・雄黄(ゆうおう)、常陸・備前・伊予・日向の四国には朱沙(すさ)、安芸・長門の二国には金青(こんじょう)・緑青(ろくしょう)、豊後国には真朱(まそほ)を献上させた。(いずれも顔料)

# 続日本紀・文武天皇4年(700年): 8月10日: 長門国が白い亀を献じた。

# 続日本紀・大宝元年(701年): 8月21日: 参河(みかわ)・遠江・相模・近江・信濃・越前・佐度・但馬・伯耆・出雲・備前・安芸・周防・長門・紀伊・讃岐・伊予の十七カ国にイナゴの発生があり、大風が吹き人民の家屋が損壊し、秋の収穫に被害が出た。

最終更新日 2016/05/05
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