隠岐国
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# 旧山陰道。

# 現在の島根県の諸島部。

# 太閤検地での石高: 1万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】

# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。隠岐国は66位。

# 隠岐=沖。

# 「古事記」や「日本書紀」では、大八洲(おおやしま)の1つとして、「隠岐之三子之島(おきのみつごのしま)」と書かれている。

# 隠岐国(おきのくに): 山陰道7か国の1つ 。意伎・隠伎とも書く。島根半島の北方44kmの日本海上に浮かぶ隠岐群島の区域。古来より島後は周吉(すき)・穏地(おち)の2郡に分かれ、島前は中ノ島の海士郡、西ノ島と知夫里島の知夫(ちぶり)郡に分かれていたが、昭和44年に4郡を合同して隠岐(おき)郡と改めた。国名の由来は沖の島から転じたといわれる。出雲国からはるかに望む隠岐島は、沖の島と呼ぶにふさわしいといえる。【角川日本地名大辞典】

# 隠岐の守護は出雲の京極氏が兼任し、京極氏の一族が守護代として住み隠岐氏を名乗った。隠岐氏は後に吉川元春に滅ぼされた。

# 隠岐は流人の島とされ、隠岐に流罪となった人には、後醍醐天皇、小野篁、後鳥羽上皇などがいる。

■ 海士郡(あま): 隠岐国の郡名。初見は藤原宮址出土木簡で「海評(あまのこおり)」とある。海部・阿摩・海夫とも書く。天平5年の「隠岐国正税帳」には郡司に阿曇氏の名があるが、両氏の管掌する漁撈・水運・製塩等にたずさわる集団アマベの定着地であったことがうかがわれる郡名である。【角川日本地名大辞典】

■ 知夫郡(ちぶ): 隠岐国の郡名。初見は藤原宮址出土木簡で「知夫利評(ちぶりのこおり)」とみえる。智夫とも書き、「ちぶり」ともいう。島根半島の北方44kmの日本海に浮かぶ隠岐群島のうち、知夫里(ちぶり)島と西ノ島を区域とする。【角川日本地名大辞典】

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