飛騨国
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# 旧東山道。

# 現在の岐阜県の北部。

# 太閤検地での石高: 4万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】

# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。飛騨国は64位。

# 古代表記: 襞(ひだ)の国 → 飛騨国

# 「道のヒダリの意(南留別志)」「国の体」「山や谷が多く衣のひだに似ている」ことに由来する。その他多くの説があるらしい。

# 角川日本地名大辞典によると、「飛騨も日高国の意かとする説(古事記伝)」「杣の義とする説(塩尻拾遺)」「杣人の板を挽かとする説(古事記伝)」「杣の義とする説(塩尻拾遺)」「杣人の板を挽く挽板(ひきいた)の略とする説(伴信友)」「匠丁の古語挽手人(ひたびと)の意とする説(諸国名義考)」「騨は音ダン(タヌ)で、飛騨は直野(ひたぬ)で、美濃(みぬ)・信濃(しなぬ)とともに野の国と称していたものが分かれたとする説(池原香穉)」「ヒタは?田で、当国山間に?(樋)をもって田を潤すところから生まれたとする説(富田礼彦)」「ヒタは日高見(日を中天に望む)の略とする説(賀茂真淵)」「ヒダ・ヒダカは,ヒナ・イナカと同根語で、未開地を意味するとの説(喜田貞吉)」など。

# 飛騨国: 古代は「鈴鹿関」「愛発(あらち)関」「不破関」の三関(さんげん)の東側は蝦夷(えぞ・ひな)の地であった。「ひだ(斐陀・斐太・飛騨)」は「蝦夷(ひな)」を強く発音して「ひだ」に転じたと言われる。【地名由来 飛騨・美濃 山内和幸 まつお出版】

# 室町時代の飛騨国の守護は佐々木氏。
・ 1692年に金森家が出羽国上山に転封になった後は、飛騨国は天領となった。

■ 荒城(あらき)郡: 飛騨国の郡名。郡名は新開地の意であるという。鎌倉期以来、吉城(よしき)郡とも呼称し、江戸期には吉城郡に統一された。【角川日本地名大辞典】

■ 大野(おおの)郡: 古代より飛騨国にみられる郡名。

■ 益田(ました)郡: 岐阜県旧益田郡。昔、大野郡から分離した郡で、「増した郡」に由来すると言われるが不詳。【地名由来 飛騨・美濃 山内和幸 まつお出版】
・ 益田(ました)郡: 古代より飛騨国にみられる郡名。貞観12年12月8日、大野郡の南部を分割して建郡。【角川日本地名大辞典】

■ 吉城(よしき)郡: 岐阜県旧吉城郡。鎌倉時代には「荒城(あらき)郡」と言われたが、佳字の「吉城」に変えた。「あらき」とは「新しい開拓地」を意味する。【地名由来 飛騨・美濃 山内和幸 まつお出版】
・ 吉城(よしき)郡: 中世より飛騨国にみられた郡名。はじめ荒城(あらき)郡と称したが、荒の字をきらい、のち好字を当て吉城郡と改称。吉城郡の呼称は鎌倉期から見えるが、戦国期まで荒城・吉城両郡名が併用されたらしい。天正13年羽柴秀吉の命により飛騨を平定した金森長近は、翌年より古川盆地中央に増島城を築城、城下町を建設した。その後、長近は高山城に移り、やがて増島城も破却されたが、その城下町は江戸期を通じ奥飛騨の中心を成す商人町として繁栄した。【角川日本地名大辞典】

最終更新日 2017/01/24
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