越中国
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# 旧北陸道。

# 現在の富山県

# 太閤検地での石高: 38万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】

# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。越中国は19位。

# 越の国に由来する。

# 国名の由来は、北陸(ほくろく)道の大半の地域群の古称である「越(こし)」(「日本書紀」による。「古事記」は高志、「出雲国風土記」は高志・古志、「和名抄」は古之と記す)の中央部(道の中)に位置したことによる。

# 初見は、「続日本紀」大宝2年3月17日条。

# 室町時代の越中国の守護代は遊佐、神保、椎名家。

■ 礪波郡(となみ): 富山県。越中国の郡名。礪浪・利波・砥波・砥並・戸波などとも書き、「和名抄」に「止奈美」の訓を付す。郡名の由来については定かでない。【角川日本地名大辞典】

■ 婦負郡(ねい): 越中国の郡名。姉負とも作り、また禰位と書いた例もある。「和名抄」には婦負を「禰比(ねひ)」とよむが「万葉集」には「売比能野(めひのの)」「売比河波(めひがわ)」などと見え、「古事記伝」はこれによって「ねひ」はのちのなまりで「めひ」が本来の呼称であるとしている。「拾芥抄」には「めひ」「ねひ」の両訓が付され、その異同については諸説あるが、「万葉集」によった宣長説に従うべきであろう。郡名の由来については式内社の姉倉比売(あねくらひめ)神社、また「三代実録」貞観5年8月15日条に見える鵜坂姉比売(うさかあねひめ)・鵜坂妻比売(うさかめひめ)の両神社との関係を考える説が有力である(越中志徴・地名辞書・日本地理志料など)。【角川日本地名大辞典】

最終更新日 2017/03/22
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