宮崎県の地名集
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■ 天下(あもり): 宮崎県延岡市

■ 鬼切畑(おぎりはた): 宮崎県高千穂町

■ 飫肥(おび): 宮崎県日南市飫肥。古くは小肥とも書いた。地名の由来について「太宰管内志」には「火に負はせるにあらぬか、さもあらば大火の意あり」としてある。【角川日本地名大辞典】

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■ 上町(かんまち): 宮崎県都城市上町
・ たぶん「かみまち」から転じたんでしょうねぇ。

■ 鬼神野(きじの): 宮崎県東臼杵郡美郷町南郷区鬼神野

■ 売子木(きしゃのき): 宮崎県小林市

■ 清武(きよたけ): 宮崎県宮崎市清武町(きよたけちょう)
・ 室町時代から日向国宮崎郡にみられる地名で、清竹とも書く。天正6年、伊東氏の敗亡により、日向は島津氏の領国となる。天正15年、島津氏の豊臣政権への敗北後、「日向内飫肥・曽井・清竹」は伊東修理亮に与えられることになった。また、町の中心部を一望する中野の台地上には、伊東四十八城の1つ清武城跡がある。【角川日本地名大辞典】

■ 九重花(くえのはな): 宮崎県日之影町

■ 月知梅(げっちばい): 宮崎県宮崎市

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■ 銀鏡(しろみ): 宮崎県西都市銀鏡
・ 古代の伝説に由来するもので、投げ捨てた「銀の鏡」が木の枝にかかって白く輝いていたことから「白見(しろみ)」という地名を「銀鏡」と表記するようになった。

■ 新富町(しんとみ): 宮崎県児湯郡新富町
・ 新田原(にゅうたばる)基地のある新富(しんとみ)町は、新田(にゅうた)村と富田(とんだ)村が合併。
・ 合併前の自治体名の「新田(にゅうた)」「富田(とんだ)」の合成による。「新田」は「にひた」の転で、「湿地」のことか。あるいは、中世の「新田開発」と関係するか。富田は「とだ」の転で、「湿地」のことか。あるいは瑞祥地名か。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】

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■ 妻(つま): 宮崎県西都市妻
・ 古くは妻万・都万とも書き、妻万を「さいまん」とも読んだ。当地は日向の延喜式内社4座の1つである都万神社を中心に開けた。都万神社は、古くは妻神社・妻万神社とも書かれ、「さいまん様」とも呼ばれた。祭神は木花開耶姫命。【角川日本地名大辞典】

■ 土々呂(ととろ): 宮崎県延岡市土々呂町

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■ 新名(にいな): 日向国臼杵郡新名荘(宮崎県日向市)

■ 贄波(にえなみ): 宮崎県日南市南郷町贄波
・ 熱波とも書いた。【角川日本地名大辞典】

■ 新田原(にゅうたばる): 宮崎県児湯郡新富町。東都原(とうとばる)とも呼ばれる。

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■ 祝子(ほうり): 宮崎県延岡市。

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■ 母智丘関之尾県立公園(もちおせきのおけんりつこうえん): 宮崎県都城市。都城市の市街地の西方にある母智丘は、標高300mm未満の丘陵で、丘上近くに母智丘神社がある。境内には稲荷石と呼ばれる2つの巨石をはじめ、陰陽石・神裂石などの巨石があり、昔から信仰の対象とされてきた。母智丘神社の参道には、約2kmにわたり、約3、600本のソメイヨシノや山桜が植えられているが、これらの桜は、明治4年、当時の庄内地頭三島通庸が、母智丘神社を修築した際、参道に植え連ねたのが始まりとされる。
※ ところで、釣りバカ日誌の浜ちゃんの実家は宮崎県都城市だが、先祖代々のお墓はこの母智丘にある。

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