高知県
参考資料・文献 利用上の注意
都道府県名の由来Top
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 高知県の名字の特徴 ・ 高知県の代表家紋 ・ 高知県の地名集

# 旧土佐国

# 高知県: 川に挟まれた昔の城下町「河内」が変化した。
・ 山内家二代藩主の忠義のときに、僧空鏡の献言で河内山城(こうちやまじょう)を高智城と改めた。

# 豪放で一本気だが、反骨精神を表に出してしまうこともある。組織の上に立つと、強引に仕事を進めて成功をもたらすことも多い。他人の下で働くときには、上の者をあれこれ批判する。【知っておきたい日本の県民性 武光誠著より】

# 「出身県でわかる人の性格」によると: 「反骨精神旺盛で 体をこわすほど酒を飲む」。

 PRESIDENTの「県民性の法則」で、人付き合いの達人になる、によると:
男性: 部下は金遣いが荒く、ことに飲食代は惜しまない。上司は融通は利かないし、いったんいい出すと後へはひかないが、怒っても、すぐ忘れるし、おごってもくれる。
女性: 部下は、ハキハキしていて物怖じせず行動力もある。上司は女傑。姉御肌で世話焼き。

# 出世・結婚・お金は「県民性」で9割決まる(PRESIDENT+PLUS 2009年12月28日)によると、高知県人は「権威には妥協しないが、酒の量で人間性を計る頑固者」だそうで、金持ち度は★★。
※ 男性は、家庭的な女性を好む。不器用だが恋愛には一途。デリカシーに欠け酒とギャンブルへの出費が多いので注意。女性は軟弱な男は嫌いだが時には情にほだされてダメ男と関わるが、亭主がだらしないと離婚に走る。
・ 男: リーダーシップ度★★★★、真面目度★★★、創造性度★★★★★、恋愛上手度★★★。
・ 女: リーダーシップ度★★★★、真面目度★★★、創造性度★★★★、恋愛上手度★★★。

# 地方交付税(総務省「平成14年度」データ: 2015億円(依存度7409%・全国2位)

# 読売テレビ: ケンミンSHOWより
・ 100909: 「高知県民は、サツマイモの茎が大好物!?」
・ 110217: 「高知県民は、ブリの刺身に緑色の『ぬた』を付けて食べる!?」「ぬた」はニンニクの葉、白味噌、砂糖、ゆずの絞り汁を混ぜ合わせて作る。

■ 高知県の歴史:
(1) 高知藩(山内家): 山内一豊の妻で有名な山内一豊が関ヶ原の合戦後移封され藩祖となる。土佐国土佐郡(高知市)24万2000石。

# 山内一豊は、土佐国河中(後の高知)と名付けた。
# 土佐の一条氏
# 土佐の守護は京兆細川氏だったが、長宗我部氏が土佐国長岡郡岡豊(おごう)城(南国市)を本拠として台頭してきた。
# 山内一豊の山内家は藤原北家_秀郷流の首藤家の一族で相模山内荘に由来する。承久の変の後に丹波国船井郡(瑞穂町)を領した。
 戦国時代になって、細川家に属していた山内氏豊は勢力を弱め丹波を離れて尾張にやってきた。氏豊の子の盛豊は尾張北部の守護代の岩倉城の織田伊勢守家に仕え葉栗郡の黒田城主になった。これが山内一豊の父。
 黒田城が落城した後、山内一豊は縁戚の前野長康を頼って、西美濃の牧村氏に仕え、ついで近江瀬田の山岡景隆の家臣となる。1573年には長浜近郊の唐国で400石を領す。
 1585年の佐々攻めの頃には若狭高浜、そして長浜城を与えられ、豊臣秀吉の家老となっている。
 秀吉の天下統一後、家康の旧領への転封を拒否した織田信雄が改易された後、秀次が清洲にはいり、その重臣たちを東海道筋で領地を得、一豊も掛川を領した。
 関ヶ原の戦いの折には、西進する家康軍にいち早く掛川城を提供したために土佐の太守に栄転といったところか?

■ その他

# 故郷の味: 鰹のたたき・うつぼ料理

■ Topics

# 081031: 高知県内の9月の有効求人倍率は0.47倍。

 

最終更新日 2017/04/26
スポンサーリンク
スポンサーリンク
統計表示統計表示