山形県内の諸藩
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■ 上山藩(山形県上山市)

・ 松平家3万石・譜代。
・ 1697年に松平(藤井)家が入った。

■ 庄内藩(鶴岡市)

■ 新庄藩(山形県新庄市)

・ 戸沢家6万8千石。
・ 1622年に入封。

■ 天童藩(山形県天童市)

・ 織田家2万石・外様・陣屋。
・ 織田信長の次男の信雄系。1767年に出羽国高畠に転じ、1831年に天童に転じた。
・ 出羽国天童藩2万石は織田信雄の家系で、小藩ではあるが江戸城内での席次や官位などの格式は大藩なみだったという。そのため、小藩であるが出費がかさんで、財政状態は厳しかった。そんななか、江戸家老の吉田専左衛門が独特な金策を行ったという。専左衛門は文人派で蜀山人の弟子の鹿都部真顔(しかつべのまがお)の門弟となって狂歌をよんだ。その後、専左衛門は狂歌を通じて、浮世絵師の安藤広重と親しくなり、広重に肉筆画を描いてもらい、国元に送って藩内の豪商などに買い取らせたという。【江戸300藩の意外な「その後」 日本博学倶楽部 PHP研究所】
※ 山形県天童市には「広重美術館」があり、そこにある作品は「天童広重」と言われ、そのような経緯で天童に集まったものでしょう。
・ 天童藩は戊辰戦争では、当初は官軍派についたが、庄内藩などから攻められ、同盟側への参加を余儀なくされた。【江戸の殿さま 全600家 八幡和郎 講談社】

■ 長瀞藩(山形県東根市)

・ 米津(よねきつ)家」1万1千石・陣屋。
・ 1798年に入封。

■ 松山藩(山形県酒田市)

・ 酒井家2万5千石・譜代。
・ 1647年に庄内藩から分家。

■ 山形藩(山形市)

■ 米沢藩(米沢市)

■ 米沢新田藩(山形県米沢市)

・ 上杉家1万石・外様。
・ 1719年に米沢藩から分家。


【注意】転封などがあるため、藩主や石高には変化があります。ここでは一例を掲載しています。

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