名字と人の移動を追う
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 言葉の移動を追う
スポンサーリンク
スポンサーリンク

※ 「名字の移動」は必ず「人の移動」や「文化の移動」も伴います。ここでは「名字と人の移動」をピックアップします。【参考: 人の移動がもたらすもの

# 木村とか山田という名字だと名字のルーツ地が全国に散らばるので名字の移動がわかりにくいが、沖縄県の「比嘉」、滋賀県の「佐々木」、大阪府の「渡辺」などはルーツ地が限られるので、その大まかな分布をみると歴史的な移動の概要がわかるだろう。
 ちなみに、沖縄県をルーツとする「比嘉」という名字。現在でもその9割ほどは沖縄県に分布するが、大阪府を中心とする近畿地方や、神奈川県を中心とする関東地方南部にもまとまってみられる。それに対して北海道にはわずかにみられるだけで、北海道開拓の歴史に沖縄県の人たちがあまり関係していないことがわかる。まぁ、当たり前の話ですが。

# 名字の移動には、中世の領地の支配に従って移動したケースもあればその他の理由もあるといわれる。たとえば、天仁元年(1108年)、浅間山の大噴火があった。これにより、上野国から武蔵国北部の荒川以北が被災したと言われる。秩父氏の秩父地方も被災地で、そういった事情もあって秩父氏は秩父地方から勢力範囲を拡大したと言われる。これに伴って名字の移動もあったのだろう。直接的には領土の拡大なのかもしれないが、その背景には自然災害があったということですね。
 先の東日本大震災で被害を受けた方々の一部は、避難先に住み着いたりするケースもあるのでしょう。そういったことでしょうね。

# 名字の移動
・ 源平の合戦後
・ 関ヶ原の戦い後
・ 明治維新後
※ この3回が、人(名字)が大きく動いた時期。
※ 昔から小規模な人(名字)の移動が見られたが、それはせいぜい数十キロ単位。
※ 明治維新後や第二次世界大戦後の人(名字)の移動。東日本では東京集中、西日本では大阪集中。

■ 江戸時代の始めの富山藩の立藩時に、富山藩士は金沢から移住して来た人達からなり、その数は700人とも言われる。武士だけで700人。家族や郎党をあわせれば数千人になるのか?

■ 江戸時代の転封の際には多くの家臣団の移動を伴った。
たとえば、松平家(6万5900石)が1774年に宇都宮から島原に転封の際には3385人の藩士が移動し、約4万両が費やされた。藩士だけで3385人と言えば家族や郎党を合わせれば結構な人数となり、同時に名字の移動をも伴った。

■ 明治維新後の人と名字の移動
・ 明治維新で徳川将軍家は駿河国70万石として駿府(静岡県静岡市)に移動しました。その玉突きで、駿河国の小大名や家臣は房総半島に移動。
・ 明治維新後、東北地方、北陸地方、四国地方から多くの人が北海道に移り住んだ。
・ 山形県からの移動: 明治23年(1890年)の時点で、山形県から道東の太田兵村に99戸が移り住んだ。うち米沢士族が53戸、新庄士族が34戸、他上山など。その日常は長時間の軍事訓練と農作業。当初は、このように士族中心の屯田兵だったが、北海道の産業が発達して労働力が必要になると、明治23年(1890年)から、農民中心の平民屯田兵村に切りかえられた。また、農民に限らず、漁民も鶴岡市小波渡などから、江戸時代から蝦夷地に出稼ぎに行ったそうだ。明治時代以降は、主に飽海郡から漁民の移住が多かったようだ。

■ 荒れ地の開発などによる百姓の移動
江戸時代初頭、越後国長岡の藩主になった堀氏は、荒れ地の開発のために百姓を越後に招いた。
・ 塩沢には上州から多くの百姓がやってきた。そのため塩沢には現在も上州の村名を姓とした百姓が多いといわれる。
大塚姓 上野国吾妻郡大塚村
・ 貝瀬姓 上野国利根郡貝瀬村
・ 宮田姓 上野国勢多郡宮田村
・ 永井姓 上野国利根郡永井村
・ 細矢姓 上野国新田郡細矢村
他に、南雲角田、笛木、今井姓なども越後国魚沼で新田村を開いて越後人になった。

■ 沖縄県石垣市白保 (しらほ)
・ 1771年の明和大津波で、人口1574名中1546名が死亡。そこで波照間島から418人の強制移住者を加えて村の再建をはかった。従って白保の言葉は波照間島に近い。【自然災害と民俗 野本寛一 森話社】

■ 青森県

# 青森県に多く見られる「工藤」姓は、伊豆国から移動してきたと言われる。

■ 岩手県

# 岩手県に多く見られる「千葉」姓のルーツは、現在の千葉県千葉市だが、縁続きの葛西氏の領地を譲り受けることにより陸奥国に移り住み広く広がった。

■ 山形県

# 山形県の「五十嵐」姓は新潟県から移動してきたもの。
# 山形県の「奥山」姓は新潟県から移動してきたもの。
# 山形県の置賜地方の「」姓は新潟県から移動してきたもの。 
# 山形県の「武田」姓は甲斐の武田氏の流れ。

■ 千葉県

# 明治の維新に、徳川家は江戸から駿府に移動。それにともない、駿河国や遠江国の小大名は房総半島に移動。これに伴って、約2万人が江戸→駿河国へ、駿河国・遠江国→房総半島へ移動したといわれる。沼津藩は上総菊間へ、浜松藩は上総鶴舞へ移動。

■ 山梨県

# 山梨県(甲斐国)の「佐藤」姓は福島県(陸奥国)から移動してきたもの。

■ 静岡県

# 静岡県(駿河国)の「海野」姓は長野県(信濃国)から移動してきたもの。
# 静岡県(駿河国)の「秋山」姓は山梨県(甲斐国)から移動してきたもの。

■ 愛知県

# 愛知県(尾張国)の「佐藤」姓は福島県(陸奥国)から移動してきたもの。

■ 和歌山県

# 和歌山県(紀伊国)の「宇都宮」姓は栃木県(下野国)から移動してきたもの。

■ 広島県

# 広島県(安芸国)の「吉川」姓は静岡県(駿河国)から移動してきたもの。

■ 山口県

# 山口県(長州藩士)の「市川」姓は山梨県(甲斐国)から移動してきたもの。

■ 徳島県

# 徳島県に多い「東根」姓のルーツは出羽国(山形県)。最上家が改易されたのちに徳島藩士となり徳島県に広がった。

■ 香川県

# 香川県(讃岐国)の「秋山」姓は山梨県(甲斐国)から移動してきたもの。

■ 愛媛県

# 愛媛県(伊予国)の「宇都宮」姓は栃木県(下野国)から移動してきたもの。

■ 長崎県

# 島原の乱や島原大変で、この地の人口は激減した。その後各地からの移民があり、同時に名字も移動した。例)小豆島からの移民によって、小豆島の「うどん」が島原にもたらされ、島原名物になった?

■ 大分県

# 大分県(豊前国)の「宇都宮」姓は栃木県(下野国)から移動してきたもの。

■ 宮崎県

# 

■ 鹿児島県

# 

スポンサーリンク
スポンサーリンク
統計表示