「留守」の名字の由来
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■ 留守(るす)

【2016/02/22:改編】

# 23292位

# 貴少姓

# 全国に約200人【全国分布

# 藤原北家などにみられる。

# 多賀国府の留守職をルーツとする。

# 源頼朝から陸奥国留守職に任ぜられたのに由来する。代々、多賀国府に住んで陸奥を支配した。江戸時代に、伊達晴宗の三男の政景が嗣ぎ、二万石を領して伊達一門に列し、伊達姓を名乗った。後に、岩手県水沢に移り、水沢伊達氏と称した。明治維新後は留守姓に復姓。

# 岩手県の留守家

# 宮城県の留守家

# 鹿児島県の留守家

# 文治5年の奥州合戦の後、宮城郡には伊沢家景が陸奥留守職に任ぜられ、現地に住した。彼は、はじめから多賀国府常駐の行政官として派遣された。そのため、他の鎌倉御家人たちと異なり、現地に根をおろした領主支配を行うことになる。しかもその地位は留守職として、他の一般地頭以上の公法上の行政権をも行使した。鎌倉期のある時期から地頭留守氏の本拠は岩切(仙台市)にあった。観応2年、留守氏は岩切城に探題畠山高国父子を迎え、もう1人の探題吉良貞家と戦い、全滅の危機にあう。この時、国分氏は吉良方に味方し、全滅に瀕した留守領を収め取った、という。国分氏は国分寺にちなむ国分荘から起こる。千葉介常胤の五男胤通を国分氏の始祖とするが、「余目記録」はこれを小山氏の一流長沼氏の分かれとする。【角川日本地名大辞典】

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