「望月」の名字の由来
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■ 望月(もちづき)

【2017/02/22:改編】

# 158位

# 全国順位(森岡浩ランキング): 164位

# 信濃の望月家は信濃国佐久郡望月をルーツとし、信濃の古代豪族滋野氏の流れ。源平の戦いの時には木曽義仲に従い、後に鎌倉幕府の御家人を経て戦国時代には武田信玄に従った。

# 山梨県早川町では約四割が望月姓。

# 望月という地名由来の望月は各地にみられる。望月という地名は月に対する信仰に由来し、近江国常陸国三河国伊賀国肥後国などに望月を名乗る武士がいた。

# 望月は餅月で実りの秋の十五夜に団子を作って月の女神を祭る行事に由来する。

# 主なルーツ地
・ 信濃国佐久郡望月村(長野県佐久市)をルーツとする。

# 長野県の望月家

# 滋賀県の望月家

【知って楽しい「苗字」のウンチク 丹羽基二 PHP文庫】
# 望月
・ 望月(もちづき)は、陰暦十五夜の月、満月の異称。
・ 信濃国佐久郡望月村(長野県佐久市)では、陰暦十五夜の夕べから、牧場で良馬を選び、朝廷に献上する習わしがあった。そこから望月の地名がおこり、滋野氏の支流の海野氏の一族が望月氏を称した。
・ 「もちづき」: 「三五月」「十五月」「十五夜」「持月」「餅月」「餅搗」など、すべて「もちづき」と読む。

【姓氏苗字事典 丸山浩一著・金園社刊】
# 望月
・ 平安時代には毎年8月15日の望月に、信州の牧場から駒引きの儀式のため貢物の駒(馬)を調達した。そこで、この地を望月のと呼んだ。望月は満月で、古来より和歌にもよまれた。この信濃国佐久郡望月をルーツとするのが滋野氏の出の望月氏。望月重義は保元の乱で功をなし、重隆は弓の名人で源頼朝の家臣。子孫は遠江守や越中守をつとめ、庶流は甲斐、駿河、近江に広がった。また、武田信虎の孫の信頼が名跡を継いだ望月氏は、清和源氏武田氏の出。信濃国駿河国にはこの系統が多く、武田氏滅亡後には帰農した。そのほかに、伊勢神宮や熱田神宮の社家安芸国肥後国にも望月氏の名がみえる。なお、近江国甲賀の望月氏は藤原姓源姓という。

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より
# 長野県の望月家: 信濃国佐久の国人。滋野氏の一族で信濃国佐久郡望月(長野県佐久市)をルーツとする。平安時代末期には木曽義仲の挙兵に従い、鎌倉時代には幕府の御家人、室町時代には南朝に属した。戦国時代には武田氏に属し、徳川家康によって望月城が落城。
# 滋賀県の望月家: 近江国甲賀郡池原杣荘(滋賀県甲賀市甲南町)の国人。室町時代に中山氏にかわって池原杣荘を支配し、戦国時代には甲賀21家の一つとして六角氏に従った。

# 望月(もち-づき): 陰暦の十五日の夜の月。満月。特に、陰暦八月の満月(=仲秋の満月)。「望(もち)」。【全訳古語辞典・東京書籍】

# 望月(もちづき): 長野県佐久市望月。地名の由来は、貞観7年望月牧の駒を8月15日満月(望の月)の日に武徳殿において天皇が叡覧すると定められた事に由来する。
・ 鎌倉時代から信濃国佐久郡にみられる地名。永仁3年10月13日の関東下知状によれば、海野荘鞍懸状賀沢村内の田地をめぐる相論の結果、「望月神平六重直」の知行が認められており、当地を本拠とした望月氏が見える。当地を拠点とした滋野氏の支流望月氏は平安期から見える。【角川日本地名大辞典】
・ 中山道の望月宿の望月は古代の官牧だった望月牧に由来する。

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