「最上」の名字の由来
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■ 最上(もがみ)

【2015/09/30:改編】

# 1959位

清和源氏足利斯波

代表家紋: 「二つ引き両紋

# 東北地方に多くみられる。

秋田県:251位、青森県:358位、宮城県:462位、山形県:566位など。

# 南北朝時代に、出羽国最上郡(山形県最上郡・現在の村山郡)に移り住んだ斯波(しば)氏の一族が名乗った。関ヶ原の戦い後最上義光(伊達政宗の伯父)出羽国山形57万石の大名となるが除封。子の義智が高家として5000石で、近江国蒲生郡大森(滋賀県東近江市蒲生大森町)を領した。
※ 古代から中世にかけての最上郡は、今の「村山郡南部」を中心とした地域を意味した。

# 最上とは「最中(まんなか)の上」を意味する他、アイヌ語の「モ・カムイ」は「聖なる神」を意味する。

# 最上から派生した名字には、「山野辺」「天童」「東根」「上山」「鷹巣」「中野」「成沢」「黒川」「谷地」「清水」「延沢」「松根」「大窪」「築地」などがある。

# 江戸時代中期の探検家の最上徳内(とくない)は、出羽国村山郡楯岡村(現:山形県村山市楯岡)の出身。

# 山形県の最上家

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より
# 山形県の最上家: 出羽国の戦国大名。清和源氏の斯波氏の一族で、延文元年(1356年)に斯波家兼の二男の兼頼が出羽国最上郡に入部し、翌年に山形城を築城しそこを拠点に北朝方で活躍し、最上氏を称した。関ヶ原の戦いの後には、出羽国山形57万石。1622年にお家騒動で取りつぶし。最上義俊が近江国と三河国で1万石へ。最上義俊は近江国大森(滋賀県東近江市蒲生大森町)に陣屋をおいて大森藩を立藩。1631年に5千石に減らされて、旗本で交代寄合

■ 「最上」の地名

■ 最上義俊

■ 最上家

■ 山形藩

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