「村上」の名字の由来
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■ 村上(むらかみ)

【2017/02/22:改編】

# 40位【第一生命ランキング

# 第41位 約34万人【明治安田生命ランキング2008

# 第40位 約36万人【明治安田生命ランキング2013

# 代表家紋: 「丸に上の字紋」「折敷に三の字紋」

# 河内源氏

# 村上: 「村上源氏」「清和源氏満快流」「清和源氏_井上流」「清和源氏頼信流」などにみられる。清和源氏の村上氏の発祥は信濃国。特に頼信流は栄えた。村上義光の家紋

# 全国に見られる名字だが、特に愛媛県松山市から東予地方にかけてと熊本県熊本市に多くみられる。「むらかみ」は、村神に由来する。

# 信濃国更級郡村上郷(長野県埴科郡坂城町)をルーツとする村上氏は清和源氏の出。瀬戸内海の村上水軍もこの一族。源顕清が信濃国村上郷に流されて村上を名乗った。

# 河内源氏の祖である源頼信の次男の頼清に始まる信濃国の一族で、鎌倉時代に村上郷を領したのが始まり。源平の争乱では源氏に付き、鎌倉幕府では御家人となり、村上義清が信濃国北部に勢力をもった。後に武田信玄に滅ぼされ上杉謙信を頼った。

# 瀬戸内海の村上水軍はこの村上家の庶流とされるが異説もあるようだ。一般的には、信濃国村上家の一人が備後国因島中荘の荘官に任命され、この家は室町時代に強力な水軍をもち、因島、来島、能島に勢力を広げた。戦国時代には毛利家に従った。村上家(村上水軍)は後に、因島、来島、能島の三家に分かれた。来島の村上家はその後「久留島」氏を称し、大名となる。

# 嘉保元年(1094年)に源仲宗の二男の顕清が、信濃国更級郡村上郷(長野県坂城町)に流されて、その子の為国が村上氏を称した。鎌倉時代には御家人。戦国時代に村上家は武田家に敗れて越後の上杉家を頼ったが、これが川中島の戦いのきっかけとなった。村上氏の祖の為国の弟の定国が保元の乱の後に淡路国に転じ、後に伊予国に住んだ。ここで、伊予の河野家に従い、鎌倉時代には広島県の因島の公文職となった。室町時代に、幕府から海上の守備を命ぜられ水軍として勢力をはった。江戸時代には長州藩士。【出典:よくわかる長野県の名字 森岡浩 しなのき書房】

# 村上から派生した名字には、「中津」「二柳(にやなぎ)」「夏目」「依田(よりた)」「片桐」「堤」「山田」「屋代」「上条」「下条」「吾妻」「飯田」「島本」「小野沢」「近江」「平屋」「今里」などがある。

# 村上源氏(村上天皇の子孫)から、村上水軍の本拠地、愛媛、広島、山口に多い。

# 信濃国村上郷由来の名字で、11世紀末に源仲宗の子・盛清(もりきよ)が村上郷に流され、その子・為国(ためくに)がその地で村上姓を名乗った。村上水軍の村上氏も信濃の村上一族。

# 岩手県の村上家

# 富山県の村上家

# 石川県の村上家

# 長野県の村上家

# 和歌山県の村上家

# 愛媛県の村上家

# 大分県の村上家

# 作家の村上春樹は京都府京都市の出身。作家の村上龍は長崎県佐世保市の出身。タレントの村上ショージは愛媛県今治市の出身。俳優の村上弘明は岩手県陸前高田市の出身。

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より
# 広島県の村上氏: 瀬戸内海の水軍の大名で信濃国の村上氏の一族。鎌倉時代に備後国因島中荘(広島県尾道市因島)の公文職となり、1434年に幕府から海上の警備を命じられて水軍に発展した。
因島村上家、来島村上家、能島村上家の三家がある。因島村上家は戦国時代には毛利氏に従い、江戸時代には長州藩士。来島村上家は室町時代には河野氏に従い、戦国時代には毛利氏に従い、江戸時代には長州藩士。能島村上家は後に久留島氏と称し江戸時代には大名。
# 千葉県の村上氏: 上総国市原郡の国人で上総国市原郡村上(千葉県市原市)をルーツとする。

【一個人 2013年12月号】
# 村上(35位)
・ 地名姓。村上は「村神」で、集落のなかの鎮守のある場所を意味する。
・ 信濃国の村上氏は信濃国更級郡村神郷をルーツとし、「日本後記」によると信濃国の高麗人が799年に日本名として村上氏を称したと言われる。この一族は、保元の乱後に西国に転じ村上水軍となった。
・ 伯耆国の村上氏は名和氏の出。

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