「秦」の名字の由来
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■ 秦(はた)

【2015/04/30:改編】

# 660位

# 渡来人の名字。【参考:古代豪族と苗字

# 西日本を中心に広くみられるが、大分県では「しん」と読む。

大分県:81位、島根県:143位、愛媛県:245位、福岡県:265位、徳島県:359位、〜山形県1492位。

# 秦の始皇帝の末裔と称する渡来系の古代氏族で日本書紀には百済(くだら)から来訪し住んだと記載されており、山城国に土着して「秦」を名乗った。

# 秦氏の嫡流は惟宗朝臣。惟宗忠久は近衛家に仕えていた。実母が源頼朝の乳母子だった縁で、鎌倉に下り武士化した。

# 秦から派生した名字には「太秦(うずまさ)」「惟宗(これむね)」「」「島津」「長宗我部」「川勝」「東儀(とうぎ)」などがある。

# 京都の広隆寺は秦氏の氏寺。

# 秦氏の功績: 土木技術で京の桂川を制御して開発。藤原氏が勢力を拡大するにつれて、秦氏の朝廷での力は弱まった。どの氏族もだけどねぇ。伏見稲荷や松尾大社も秦氏が開いた。

# 福島県の秦(はた)家

# 秦氏はイスラエルからの移民説。広隆寺に五芒星が描かれているって、それだけで?ちょっと無理がありそうだが、不詳。
・ 広隆寺の境内に「伊佐良井(いさらい)」という井戸があるが、これは「イスラエルの井」が訛ったものとも言う。
・ 太秦(うずまさ)の「うず」は「Ishu(イシュ)=Jesus(イエス)」、「まさ」は「Messiah(メシア)」に通じる。
※ この説は初めて聞きました。なんの本に書いてあったのかなぁ?? 

# 欽明天皇の時代に、泊瀬の河(奈良県桜井市の初瀬川)に洪水がおきたときに、川上からひとつの壺が流れ下った。三輪の杉の鳥居のほとりで、雲客(殿上人)がこれを拾うと、中に嬰児が入っていた。麗しく、玉のようだったため、天から降って来たのではないかと思い、内裏に奏聞した。その夜、天皇は夢をみて、嬰児は次のように述べた。「私は大国秦の始皇(始皇帝)の生まれ変わりです。日本に縁があってこうしてやってきました」という。天皇は奇特に思い、殿上に召された。成人すると、才知は抜群で、十五歳で大臣の位に昇り、秦の性を下賜された。「秦」という文字は「はだ」とも読むため、これが「秦河勝」である。

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