「真田」の名字の由来
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■ 真田(さなだ)

【2016/05/01:改編】

# 779位

# 滋野氏海野系清和源氏桓武平氏などに見られる。

# 代表家紋は「六文銭」

# 関東地方南部から東海地方にかけてと山陽地方に多くみられる。

# 石川県:326位、広島県:375位、秋田県:408、山形県:432位、岡山県:443位など。

# 清和天皇から賜姓された滋野(しげの)氏の流れの海野(うんの)氏の支流で信濃国小県郡真田郷(長野県上田市真田町)を領したことに由来する、と言われている。真田幸村の家紋

# 主なルーツ地
・ 信濃国小県郡真田郷(長野県上田市真田町)をルーツとする。
・ 相模国大住郡真田(神奈川県平塚市)をルーツとし、桓武平氏三浦氏の一族。岡崎義実の子の義忠が真田氏を称した。信濃国の真田氏とは別流。

# 歴史的に有名なのは大坂夏の陣で徳川家康を追い詰めた真田幸村。

# 宮城県の真田家

# 長野県の真田家

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より
# 長野県の真田氏: 信濃東部の戦国大名で海野氏の出と言われるが不詳。武田信虎の信濃侵攻で敗れ上野国に逃れた。信虎を追放して武田家の実権を握った武田信玄の重臣に真田幸隆がいる。関ヶ原の合戦では昌幸・幸村親子が西軍に長男の信之が東軍に属した。信之は江戸時代には信濃国上田と上野国沼田で9万5千石。元和4年(1618年)に信濃国松代10万石。

【姓氏苗字事典 丸山浩一著・金園社刊】
# 真田
・ 真田氏は滋野氏の出という。清和天皇の曾孫の善淵王が滋野姓を賜り、子の信濃判官滋野氏以来信州を本拠とした。ただし、紀国造説など諸説あるようだ。滋野氏は中世に海野氏望月氏根津氏に分かれ、真田氏は海野氏の出。海野棟綱の子の幸隆が武田氏に仕え、信濃国小県郡真田荘に住んで真田氏を称した。真田昌幸は幸隆の子で、幸村は孫。
・ 別流に、信濃国真田をルーツとする源満快流や、相模国をルーツとする桓武平氏三浦氏流などがある。


# 真田(さなだ): 長野県上田市真田町。烏帽子岳西麓、千曲川水系神川(かんがわ)流域に位置する。真田とは狭名田で、めでたい神の田の意ともいう。鳥居峠越えの上州道が通過し、北上州との物資交流点として、また神川渓谷の中心地であり、さらに神川流域一帯の産土神を祀る山家神社の門前町としてにぎわった。中世末期の真田氏の本拠地。【角川日本地名大辞典】
・ 「さなだ」はもとは「早苗田(さなえだ)」だった。早苗田とは「春に苗を植える田」という意味。それが「さなだ」となって「実田」の字をあてた。その後「真」の字に転じた。また「狭名田」説もある。【長野「地理・地名・地図」の謎 実業之日本社】
※ 山の中だから後者に一票。
・ 「さ(狭)」+「な(土地)」+「た(接尾語)」で、山間の土地ということか。【市町村名語源辞典 溝手理太郎 東京堂出版】

# 真田(さなだ): 神奈川県平塚市真田。実田とも書いた。大磯丘陵の北東端、大根川右岸に位置する。地内ほぼ中央、台地が大根川の沖積地につき出た所に、岡崎四郎義実の長子真田(佐奈田)与一の居館と伝える真田城址があり、城址の一部に天徳寺がある。【角川日本地名大辞典】

詳細資料


【真田の雑学】

■ 平成28年のNHKの大河ドラマは「真田丸」。 → 「真田丸にみる名字と地名」 

■ 真田家: 真田幸隆 − 真田(武藤)安房守昌幸 − 真田信之(幸)※1・真田信繁(幸村)

※1: 真田信繁(幸村)の兄で、信濃国上田藩・松代藩の初代藩主。伊豆守

■ 真田が実田として記録に表れるのが応永7年(1400年)の大塔(おおとう)合戦。

■ 今の真田本家は松平定信の子孫かぁ?とすれば、血統的には徳川家康の子孫と言うことか。

■ 松代藩

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