「関」の名字の由来
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 「さ」行の名字
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 関(せき)

【2016/12/10:改編】

# 126位

# 全国順位(森岡浩ランキング): 127位

# 全国密度順位(森岡浩ランキング): 茨城県 > 長野県 > 新潟県
# 全国人口順位(森岡浩ランキング): 茨城県 > 東京都 > 長野県

# 桓武平氏清和源氏藤原氏などにみられる。

# 全国的には関や堰の地名由来の関姓が多いという。伊勢国関(三重県亀山市)をルーツとし、桓武平氏の出。戦国時代には伊勢国亀山城主。関東地方から信越地方に多い。

# 中世の交通の要所であった「関所」に由来する。

# 水の流れをせき止めた「関(堰)」に由来する。

# 「関」からでた名字には「関根」などがみられる。

# 関東地方を中心に東北地方や甲信地方に多くみられる。

# 茨城県:16位、長野県:40位、新潟県:45位、千葉県:52位、群馬県:56位、〜山形県:1788位など。

# 伊勢国鈴鹿郡関(三重県亀山市関町)をルーツとする関氏は桓武平氏の流れ。伊勢の関氏は蒲生氏郷の与力として陸奥国白河にあった。

# 美濃国式儀郡関(岐阜県関市)をルーツとする関氏は後の備中新見藩主。

# 常陸国真壁郡関(茨城県築西市)をルーツとする関氏は藤原北家秀郷流の流れ。
・ 常陸の関は、常陸国真壁郡関(茨城県真壁郡関城町)をルーツとし、藤原秀郷の七代子孫の政光が下野国小山に住んで小山氏を称し、その三男の朝光が茨城県結城市に住んで結城氏を称し、その子の朝広の四男の朝泰が関に住んで関氏を称した。

# 陸奥国国分荘熊ヶ根村関(宮城県仙台市)をルーツとする関氏は仙台藩士。
※ 山形県内では、長井市や飯豊町にかけてまとまって見られるが、一人の人に聞いたら、お寺は新潟県にあるのでそちらから移り住んだと思われ、周辺の関さんは、みな同族とか。

# 関氏: 平重盛の子孫を称する関盛信は長島の一向一揆との戦いで戦死。弟の一政は豊臣秀吉に取り立てられ、蒲生氏の与力として陸奥国白河城主となったが、江戸時代には亀山にもどり、その後に伯耆国黒坂5万石となったが後に取りつぶされた。

# 茨城県の関家

# 長野県の関家

# 岡山県の関家

# 関成政: 常陸国の関家の家系で、藤原秀郷の子孫と言われる関成政は、尾張国一宮城主で、可成の娘婿となり、可成に従って小牧長久手の合戦で戦死した。

【新編日本姓氏辞典】千葉琢穂編著 展望社 より
(1) 桓武平氏国香流岩城氏族。信濃守岩城維茂の後裔の岩崎隆久の六代の隆安の三男の安教が関を家号とす。
(2) 桓武平氏国香流。平重盛の長男の三位左中将伊予守維盛が没落の時、一子が紀伊国芋瀬に難をさけた。後に同国?鈴鹿郡久我山中に移って同国関に住し、関をもって家号とす。
(3) 称清和源氏又は藤原北家_秀郷流とも。備中国新見一万八千石を領した関家。

【姓氏苗字事典】丸山浩一著・金園社刊 より
# 伊勢平氏の関氏: 伊勢国鈴鹿郡関をルーツとする。壇ノ浦で入水した平資盛(清盛の孫)の子孫と言われる。資盛の子の盛国は北条氏に助けられ、鎌倉で育ち、その子の実忠の時に鈴鹿郡関を領した。伊勢平氏の関氏は信濃国伊那郡、上野国甘楽郡に移った系統もあり、現在でも群馬県長野県新潟県には関の名字が多い。
# 備中国新見藩主の関氏は藤原北家_秀郷流常陸国真壁をルーツとし、美濃国を経て江戸初期に新見藩主となって明治に至る。
# 福島県白河関をルーツとする関氏には、藤原北家_秀郷流結城氏桓武平氏岩城氏の二流がある。

■ 新見藩

スポンサーリンク
スポンサーリンク
都道府県毎の名字の特徴 名字の様々な区分
難読名字 難読地名・珍地名
地名と災害 名字の博物館
名字と地名・都道府県編 民俗学の広場内の検索

■ 【名字と地名の掲示板】 御質問・御意見などはこちらにどうぞ。

■ このサイトで使用している「名字の順位」「全国の概算数」「都道府県毎の順位」などについてはこちらを御覧下さい。詳細】 

統計表示