「工藤」の名字の由来
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■ 工藤(くどう)

【2016/12/10:改編】

# 63位

# 第72位 約23万人【明治安田生命ランキング2008

# 第72位 約23万人【明治安田生命ランキング2013

# 代表家紋: 「丸に木瓜紋」「庵に木瓜紋

# 藤原南家

# 藤原から派生した名字の多くは藤原北家の流れだが、工藤は珍しく南家の流れ。

# 藤原南家の武智麿(むろちまろ)の後裔である藤原為憲(ためのり)を祖とする名字で、家屋や器を製作する「木工助(もくのすけ)」という職についた藤原氏というのが由来。

# 為憲の子孫が伊豆国狩野(静岡県)に移り住み、地名を由来とする「狩野氏」の祖となった。

# 工藤の多くは伊勢国由来とされるが、藤原南家の流れは伊豆国に移り伊東を名乗った。

# 伊豆国の工藤氏から奥州の工藤氏が生まれ、さらに「栗谷川」「煙山」「葛巻岩手県葛巻町?)」「田頭」などが派生した。

# 山形県鶴岡市藤島町工藤は工藤氏が開墾した。

# 出羽国村山郡米沢村(山形県寒河江市)に大地主の工藤家があった。

# 岩手県の工藤家

# 秋田県の工藤家

# 山形県の工藤家

# プロ野球の工藤公康は愛知県豊明市の出身。歌手の工藤静香は東京都羽村市の出身。歌手の工藤夕貴は東京都八王子市の出身。

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より
# 岩手県の工藤家: 陸奥国岩手郡の国人。工藤氏は藤原南家で、平安時代初期に藤原為憲が木工助になり、工藤氏を称した。六代目の維職のときに伊豆の押領使となって下向し、伊東氏を称したが、曾孫の祐経のときに工藤氏に復姓した。子孫は駿河国を中心に東国に広く広がった。一族の景光・行光親子は源頼朝に従って、文治5年(1189年)の奥州征伐で功を成し、陸奥国岩手郡厨川(岩手県盛岡市)に領地を得た。その後勢力を拡大したが、南北朝時代に南部氏に敗れて衰退した。
# 徳島県の工藤家: 阿波国麻植郡の国人。藤原南家で、戦国時代に京から阿波国に移り住んだ。

【一個人 2013年12月号】
# 工藤(65位)
・ 伊豆国を本拠として一族は繁栄した。

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