「後藤」の名字の由来
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■ 後藤(ごとう)

【2016/12/10:改編】

# 28位【第一生命ランキング

# 第33位 約39万人【明治安田生命ランキング2008

# 第32位 約39万人【明治安田生命ランキング2013

# 代表家紋: 「下がり藤紋」「左三つ藤巴紋」「丸に下がり藤紋」「上り藤に三つ星紋

# 藤原北家利仁流

# 秋田県から福島県にかけてと、東海地方九州地方に多くみられる。

# 藤原利仁(としひと)の流れをくむ公則(きみのり)が備後守となったことに由来する。

# 他にも、全国の地名由来の後藤なども多く存在する。鋳造職に携わった家系が多い。

# 藤原氏後裔の意味。東日本に多いが、愛知県大分県でもよく見る姓。

(1) 藤原利仁_斎藤:  河内斎藤氏、利仁の曾孫の伊博(これひろ)から子の則光の系統に嫡流が受け継がれ、後に「河内斎藤」と呼ばれた。後藤家は、則光の弟の子の則明が祖。

(2) 藤原利仁_斎藤:  肥前斎藤氏、斎藤範明の子の範門が肥前国墓崎(はかざき)に移り住み、後藤介(ごとうのすけ)と名乗ったのが祖。

(3) 藤原秀郷の子孫である佐藤家の支流の後藤家もある。

(4) 藤原良房の兄の長良の子孫で、藤原氏の傍流である後藤家がある。

(5) 駿河国の後藤家は薩摩の島津氏の流れを引くが、そこの島津忠貞が後藤家に養子に入った。

# 歴史的に有名なのは、土佐国の「後藤象二郎(しょうじろう)」。後藤象二郎の家紋

# 東京都の後藤家

# 長崎県の後藤家

# 女優の後藤久美子は東京都杉並区の出身。タレントの後藤真希は東京都江戸川区の出身。

【戦国大名家辞典 森岡浩 東京堂出版】より
# 岡山県の後藤氏: 美作国英田郡の国人で播磨国の後藤氏の一族と言われるが不詳。観応2年(1351年)に美作国塩湯郷(岡山県美作市)の地頭に後藤氏の名が見える。後に宇喜多氏に滅ぼされる。
# 佐賀県の後藤氏: 肥前国杵島郡の国人で藤原北家利仁流。河内国坂戸荘の地頭の後藤章明の末裔肥前国杵島郡塚崎荘(佐賀県武雄市)の地頭となって下向した。竜造寺氏の後に鍋島氏の家臣となり鍋島姓を賜って武雄鍋島家となり、佐賀藩の家老を務めた。
# 静岡県の後藤氏: 遠江国引佐郡の国人。代々今川家に属したが、今川家が滅亡後徳川家に仕え、江戸時代には紀伊藩士。
# 三重県の後藤家: 伊勢国三重郡の国人。永禄年間に織田信長に滅ぼされた。

【一個人 2013年12月号】
# 後藤(32位)
・ 後藤氏は藤原北家利仁流で藤原実遠の子の実基を祖とする。しかし、実基には跡継ぎがおらず西行法師の弟を養子としたと言われる。

【苗字の謎が面白いほどわかる本 丹羽基二】より
# 藤原氏後裔を意味する。
# 関連姓氏: 五藤、后藤、呉藤、護藤。


■ 後藤新平
・ 家訓: 「自治三訣」、「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そしてむくいを求めぬよう。」
・ 「人間の上中下」、「金を残すは下、事業を残すは中、人を残すは上、されど金なくして事業成りがたく、事業なくして人育ちがたし。」
・ 後藤新平は南部藩(岩手県)の武家の出。
・ 東京市長をつとめた。

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