名字の由来
参考資料・文献 利用上の注意
名字と地名のMenu 新着・更新情報
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 名字の出自や由来をみる場合には「大きな目と広い心」が大事。思い込みと決めつけは厳禁です、そういうものなんですから

掲載名字一覧表

★ 名字とは
 名字はもともと、自分の身内と他人を区別するための符号として発展したものと言われています。したがって、同じ集落内に同じ名字が多く存在する地域では、名字そのものを変えたり、名字に代わる符号が用いられることがあります。それは時代によって職業や屋号だったり、電話番号だったりします。もっとも、電話番号は電話普及の初期におけるもので、たとえば「12番」とか言うように使われた。ちなみに、この12番というのは、私の母方の実家の電話番号がまさにそうだったからで、近所では「12番さん」と言われていた。まぁ、第二次世界大戦前の話ですが。
 また現代でも、顧客の識別番号を電話番号とするケースがある。固定電話の場合、家庭では同じ電話番号の所(家庭)に複数の個人が存在するが、事業上の顧客識別には固定電話の電話番号は有効な手段なのです。
 その電話も固定電話から携帯電話となり、一人一台の世の中になっており、電話番号も個人識別の方法として使用可能な時代となってきています。実際に、SNSの登録などにおいては、携帯電話の番号を求められる場合があります。携帯電話の取得の際には個人を証明する書類(運転免許証など)の提示が必要で、携帯電話番号はある種身分の証明の役割をも果たしているのです。
 かつて天皇(大王)は日本で唯一姓を与える立場にあり、いわば日本唯一の立場にあるため、個人識別の姓は必要無いとされており、現在においても皇室には姓も戸籍もありません。
 昨今のインターネット時代の個人の識別法としてよく使われるのはHN(ハンドルネーム)ですが、狭いコミュニティ内の識別にしか利用できません。一般的には今までの電話番号に代わってメールアドレスが識別の役割を果たしていることが多いようです。そういった意味ではabc@def.comのdefが名字でabcが名前とでも言えるでしょうか。しかし、フリーメールアドレス全盛ともいえる現在においては、その識別機能はうまく果たしているとは言えないのでしょう。

★ 名字と地名の由来の検証
 「名字」や「地名」の由来を考えるときに、一番大事な事は漢字の「表記」に騙されないことです。もちろん全てではありませんが、古代の話し言葉(音・おん)に漢字を当てたという事例が多いからなのです。従って、「名字や地名の由来を考える」時には、まずは、「音(おん)」から入るのが由来を探る極意の一つなのです。【詳細

★ 「名字」か?「苗字」か?
・ 「名字の由来」が正しいのか?「苗字の由来」が正しいのか?当サイトにおける取扱いです。

 名字の由来で一番多いのは地名由来と言われています。従って、「名字の由来」を考えるときには「地名の由来」を避けて通ることはできません。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
民俗学の広場内の検索
県名の由来 & 県の特徴 & 県民性 地名の由来
都道府県毎の名字の特徴 こんな名字はあるのかな?
名字と地名のコラム 今日の名字と地名

名字のトピックス

★ 131212: 明治安田生命保険全国同姓調査2013年12月 【詳細

★ 110825: 全国社長姓名
東京商工リサーチの「全国社長姓名」によると、2011年7月時点の約233万社を集計した結果、
1位: 「鈴木茂」と「佐藤誠」: 163社
3位: 「鈴木隆」: 154社
4位: 「田中博」: 145社
5位: 「伊藤博」: 136社
名前では
1位: 「誠」: 10,096社
2位: 「博」:  9,428社
3位: 「茂」:   9,190社

★ 080929: 姓の全国分布状況調査 【詳細
 明治安田生命保険が2008年8月に加入者約611.8万人を対象に調査したところによると、「佐藤姓は北日本に多い」「鈴木姓は関東地方に多い」「田中姓は関西に多い」という傾向があきらかになったそうだ。
 なお、姓の多い順序は、佐藤鈴木高橋田中渡辺伊藤中村小林山本加藤で、上位10位までの姓で全体の約10%を占める。また上位3姓で約4%を占めるようだ。
 他の傾向↓
# 「佐藤」は青森県を除く東北地方北海道新潟県徳島県大分県でトップを占める。
# 「鈴木」は関東地方愛知県静岡県でトップを占める。
# 「田中」は近畿地方を中心とした2府8県でトップを占める。
# 「山本」は山陽地方や四国地方で目立つ。
# 漢字一文字の姓のトップ10: 西
# 漢字三文字の姓のトップ10: 佐々木長谷川五十嵐久保田大久保小野寺佐久間小笠原宇佐美大和田
# 11位以降の名字
(1) 11〜20位: 吉田山田佐々木山口松本井上木村清水
(2) 21〜30位: 斎藤山崎中島阿部池田橋本石川山下小川
(3) 31〜40位: 石井長谷川後藤岡田近藤前田藤田遠藤青木坂本
(4) 41〜50位: 村上太田金子藤井福田西村三浦竹内中川岡本
(5) 51〜60位: 松田原田中野小野田村藤原中山石田小島和田
(6) 61〜70位: 森田内田柴田酒井高木横山安藤宮崎上田
(7) 71〜80位: 島田工藤大野宮本杉山今井丸山増田高田村田
(8) 81〜90位: 平野大塚菅原武田新井小山野口桜井千葉岩崎
(9) 91〜100位: 佐野谷口上野松井河野市川渡部野村木下
 1〜100位までで、全体の33.6%を占める。 

★ 名前ランキング(名字では無く下の名前です)

スポンサーリンク
スポンサーリンク

名字のワンポイント

今生きていることの意味
 いつの世も、先に死んでいくのは下々の者からです。
 その死の原因は、「戦い」「飢餓」など様々です。「戦い」では君主よりも雑兵が先に死ぬし、「飢餓」でもそうです。従って、家(名字)が長年にわたって続いていくためには、「ある程度の社会的な地位があって裕福であること」という要件が重要となってくるのです。
 そして、家が続くための要件の一つに血統が続くことがあります。この要件においても、「社会的な地位があって裕福であること」は優位性を持ちます。なぜなら、中世においては上流社会を中心に一夫多妻的な側面があったので、裕福な家ほど跡継ぎが続く可能性が高いからです。しかし、それでもなかなか難しい。それは江戸時代の徳川将軍家を見ても、十五代の将軍家が代々スムーズに続いているわけではないことでもわかるでしょう。これほど、血統や家が長い年数にわたって続くことは難しいのです。
 逆説的に言えば、今ここに生きている私たちの先祖は「貧乏な下々の者である可能性よりも、社会的に地位のある裕福な家」であった可能性が非常に高いのです。
 名字の由来を勉強すると、多くの名字は「〜源氏由来だの」「〜平氏由来だの」地位のある方たちにまつわる名字しか出てきません。しかし、考えてみると、「〜庶民由来」なんて名字が長く続くことははなかなか難しく、仮に続いていたとしても記録に残っているわけはないのですね。
 今の世の中ならば「鳶が鷹を生む」で、子孫になれば繁栄するというケースも多いですが、下克上の戦国時代以前は、そういったことも少ないし、江戸時代においても不祥事で改易になった例は数々ありますが、能力発揮して小大名(譜代大名)になった例はありますが、大大名まで出世したケースは無いですからね。町民においても、商家で大きくなったケースはありますが、小作農家の多くはたぶん末代まで小作だったんでしょうね。とすれば、「家(名字)」が代々続く可能性は少ないと言えます(絶対に無いといういうわけではないので念のため)。
 つまり、今、この国に生きている人たちの先祖をたどると、結構名のある人たちにたどり着くのかもしれません。

戸籍の歴史
# 日本で最初の戸籍の「庚午年籍(こうごねんじゃく)」ができたのが天智天皇(668〜671年)の時代の670年と言われています。
ところで、なぜこの時代に戸籍ができたのか?それは唐と新羅の連合軍の倭国への侵攻に備えた防衛のための徴兵に使うためだったとか。
# 新撰姓氏録: これは、戸籍というよりも、紳士録のようなものと言われていますが、当時の支配者層の名字を知る上では重要な文献のようです。
# 現行の戸籍制度ができたのは明治5年(壬申戸籍)ということになっています。
※ 蛇足ではあるが、今の日本の「源泉徴収」という徴税システムは、戦前に軍費の徴収のためにできたシステムと聞いたような気がします。

★ 名字の法律 【名字の法律の歴史】
# 現在においては、「法務省は氏(うじ)」、「文部科学省は名字」という表記を使っているようです。従って、戸籍などの正式文書では「氏名」という表記が正しいようです。なお、このサイトにおいては、「氏」では分かりにくいので文部科学省に準拠して「名字」という表記を標準とし、必要な時には「苗字」という表記を使いたいと思います。

★ 「氏」「姓」「名字」「苗字」の違い 【参考データ
# 氏(うじ): 親族集団の総称で、代表的なものに「藤原氏」「源氏」「平氏」などがあります。
# 姓(かばね): 各氏族や個人に与えられた位で、朝臣(あそん)の「朝臣清盛」などがあります。
# 苗字(みょうじ): 厳密に言えば「苗字」の中で、領地由来のものを「名字」という。そういうことなのかなぁ?
# 名字(みょうじ):
・ 分家をしたりすると、氏以外の呼び名が必要となって生じました。これが、今でいう所の名字です。
※ このように、「姓」と「名字」は全く違うものですが、「名字」と「苗字」は厳密に言えば違うもののようですが、「≒」ということを前提にすれば、同じものと考えられます。
※ 余談ですが、よく書類を書くときの欄に「姓名」と書いてあれば、それは「姓」をちゃんと理解していないということになりますね。もっとも慣用的には間違いでは無いようですが。現代では「名前」と書くのが一般的でしょうかね。
・ 例えば、現在で言えば、東京に住む「日本」さんに「一郎」「二郎」「三郎」の三人の息子がいる場合、長男の「一郎」は実家の本店を継いで「日本一郎」を名乗り、千葉の支店に赴任した次男の「二郎」は「千葉二郎」を名乗り、埼玉の支店に赴任した「三郎」は「埼玉三郎」を名乗ったみたいなもんで、この様に地名由来の名字も多く、どんどん名字が増えていった原因の一つでもあるようです。
・ 「氏」と「名字」の区別
 蘇我入鹿(そがのいるか)。頼朝(みなもとのよりとも)のように、「の」が入っている場合には「氏」。織田信長(おだのぶなが)、徳川家康(とくがわいえやす)のように「の」が入らない場合には「名字」となる。織田信長の氏は「」、徳川家康の氏は「」である。

# 徳川家康の場合
・ 公式には: (氏)朝臣(姓)家康(名)「みやもとのあそんいえやす」
・ 普段は: 徳川(名字)家康(名)「とくがわいえやす」
と使う。

# 現代では: 名前(氏名) = 名字 + 名

# 部と氏
※ 部: 職業集団を表す。田部・園部・犬養部・馬飼部・物部 など。
※ 氏: 血族集団を表す。部を統率する部族の長。
※ 氏の種類
地名にちなんだ氏: 蘇我・平郡・出雲・
部名や職能による氏: 中臣(祭祀を司る)・物部(武具の管理)・大伴(軍事を職掌)氏
なお、これらの氏のトップが氏上(うじのかみ)で氏神や氏寺を祀る。藤原氏の春日大社、源氏の石清水八幡宮、平氏の厳島神社などが氏神にあたる。
このようにして氏が増えて来ると何らかの方法で氏のランク別が必要となり、その結果出来たのが「姓」と言われている。そして、時代が下るに連れて氏と姓は混同され名字という概念が生まれて来た。

# 姓(かばね)の種類
・ 天皇家から出た皇族(賜姓皇族)が天皇から与えられた姓。
・ 大和朝廷で活躍した豪族が天皇から与えられた姓。
・ 地方で権力を持っていた豪族が名乗っていた姓。
・ 神社の神官たちが名乗っていた姓。

# 臣籍降下で天皇から貰った主な姓
・ 安倍(あべ)
・ 多治比(たじひ)
・ 清原(きよはら)
・ 在原(ありわら)
・ (たいら)
・ 日下部(くさかべ)
・ (たちばな)
・ 高階(たかしな)
・ (みなもと)
・ 藤原(ふじわら) 
※ 平安時代になってからは「」と「」だけ。

# 大和時代からあった姓
・ 大伴(おおとも): 武器などを扱った一族。
・ 渡部(わたべ): 船の船頭由来の一族。
・ 久米(くめ): 組をあらわし、軍事担当。
・ 物部(もののべ): 軍事担当。
・ 中臣(なかとみ): 神事担当者。
・ 忌部(いんべ): 神事担当者。
・ 服部(はっとり): 衣服担当者。
・ 弓削(ゆげ): 弓矢のせいぞう。
・ 膳(かしわで): 料理担当者。

# 古代豪族が名乗った姓
・ 出雲: 出雲国島根県
・ 和気(わけ): 備前国岡山県
・ 越智: 伊予国愛媛県
・ 丹波: 丹波国兵庫県
・ 中臣秦(はた)氏: 山城国京都府
・ 多治比(たじひ)・物部(もののべ)・弓削(ゆげ)氏: 河内国大阪府
・ 小野: 近江国滋賀県
・ : 紀伊国和歌山県
・ 大伴葛城・賀茂・久米・巨勢(こせ)・佐伯・坂上(さかのうえ)・蘇我・中原・土師(はじ、大江菅原に改姓)・平群(へぐり)・穂積氏: 大和国奈良県

# 神官が名乗っていた姓
・ 中臣(伊勢神宮)
・ (松尾大社)
・ (石清水八幡宮)
・ 賀茂(賀茂神社)

# 姓の集約
以前述べたように、姓は氏のランク分けで、天武天皇の頃には「八色の姓(やくさのかばね)」といわれていたが、後に残ったのが、藤原氏橘氏源氏平氏の四姓である。

★ 名字に使われる漢字
・ 「」「」「蝮(まむし)」などを使った苗字はいまでこそ、あまり良いイメージを受けないが、昔は霊位を表し、良い意味で使われた。「悪」も同様で、「強い」というイメージを表した。
# 参考: 「名字と地名と漢字」・「動物関連の名字


# 名字の謎 森岡浩 著 \714 新潮文庫 2002/03/10発行
 この本は、日本人の名字の誕生などに加え、外国の名字なども広範囲に扱っている。
 自分の名字のルーツを知りたい方にはお勧めの一冊である。

# 知っておきたい日本の名字と家紋 武光誠 著 \500 角川ソフィア文庫 2007/07/25発行
(1) 姓と名字は違う: 姓とは天皇がまだ大王(おおきみ)と言われていた大和時代に大王に従うものに与えられたのが姓。
 例えば、織田信長の姓は「」、名字は「織田」、名前は「信長」、通称は「上総介」、「織田上総介平信長」。
(2) 名字と苗字: 名字は本来武士の領地の地名だった。平安時代末期に関東の武士が初めて名字を名乗ったが、その名字は自分の領地の地名で、武士が治める集落を「」や「名田」と呼ばれたことによる。従って、この時代に名字を持っていたのは領地を持つ、いわゆる高級武士のみであった。江戸時代になると、「苗字」の表記が使われるようになった。これは、武士を知行地から切り離して俸給で支払うような政策に基づくものである。いわば、武士のサラリーマン化である。つまり幕府が、土地を所有することをあらわす「名字」という表記を嫌って「苗字」という表記を広めたのだそうだ。ところで「苗字」の「苗」とはどういう意味か?「苗」とは、漢語で「先祖を同じくする者の集まり」だそうで、現在の「みょうじ」を表すには「苗字」という表記の方があっているのかもしれない。
(3) 武光氏の見解によると、最初に名字を名乗ったのは平安時代後期に関東南西部の武蔵に赴任した「武蔵七党」ではないかとのことである。
(4) 明治政府は1871年に平民に苗字の使用を許し、1872年に現在の戸籍の元祖とも言える「人申戸籍」を作った。この時点で、日本人は全て苗字(名字)を公式に持つようになった。では江戸時代以降、苗字と表記されていたものが現在では名字と表記されるのか、それは明治時代以降「苗」という字を嫌って簡単な「名」を使ったのだそうだ。
(5) 名字の数は約29万
※ 名字の数は10万〜30万と言われるが、電話帳の集計では少なくとも10数万はあるらしい。

# 東日本 対 西日本
(1) 東日本では武士の名字に由来するものが多いが、西日本は地形由来の名字が多い。
(2) 西日本の名字の種類は東日本に比べてはるかに多い。
(3) 東日本と西日本の名字の上位を比べると、西日本の名字の漢字の方が東日本の漢字よりも字画が少ない。

# 東西の名前の分布の境界
新潟県富山県の県境(親不知)から岐阜県を横切り、三重県を横切って志摩半島にいたるライン。

■ 名字の分布
・ 稀少姓など、あきらかに見られる地域が限定されるものを除いても、「佐藤」「鈴木」「田中」「山本」といったいわゆるメジャーな名字でも、その分布には特徴が見受けられます。例えば、「佐藤」「鈴木」は東日本の名字だし、「田中」「山本」は西日本の名字ですね。
詳細は以下のページを御覧下さい。
・ 都道府県毎の名字の特徴
・ 明治安田生命保険全国同姓調査2008年8月
・ 北海道の名字の特徴
・ 東北地方の名字の特徴
・ 関東地方の名字の特徴
・ 北陸地方の名字の特徴
・ 甲信地方の名字の特徴
・ 東海地方の名字の特徴
・ 近畿地方の名字の特徴
・ 中国地方の名字の特徴
・ 四国地方の名字の特徴
・ 九州地方の名字の特徴


★ 昔から庶民にも名字はあった
・ 庶民でも昔から名字は持っていた。私的な冠婚葬祭の時は名乗っていた。
・ 公家社会から武家社会となり、天皇から賜った「氏」から、自分で名乗った「名字」へと変遷し、当時の名字は「地名(領地)」からとられることが多かった。
・ 明治時代になると、政府は「徴税」や「徴兵」のために「戸籍」を作り、同時に国民全員に名字の公称を許可した。
【参考資料】名字の世界 あなたのルーツがわかる! 文庫ぎんが堂 インデックス編集部著

※ 江戸時代には武士以外には苗字は名乗れなかったが、武士以外にも苗字を名乗れる場合もあった。「わずか五千石 ちいさな大大名の遣り繰り算段   主婦の友新書」によると、「幕末に幕府は天領の豪農商寺院に御用金を科した。300両の者には末代まで苗字・帯刀を許す。200両の者には一代限りで苗字・帯刀を許す。」ということで、ある種「苗字帯刀権」を金で売ったとでもいいでしょうか。まさに、苗字も政治の道具だったわけですね。

※ 仙台藩と盛岡藩は庶民が武士になる金額を定めていたという。仙台藩では農民が50両を藩に払えば帯刀が許され、100両で名字を名乗ることができた。250両で、農民の戸籍から武士の戸籍に移ることができ、500両で正式に藩士になれた。盛岡藩では60両で藩士になれ、幕末には20両に値下げされた。

★ 貴少姓
 貴少姓というと「珍名」を思い浮かべる方も多いんですが、元来は「一つの家系に属する者だけがなのる形で受け継がれた名字(書いている本人があまり理解できない)」のことを言うようです。貴少姓の範囲をどう定めるかは難しい問題ですが、一説では29万の名字のうち約4000程度という資料もあるし1万を越えるという資料もあるようです。
# 貴少姓・稀少姓・読みの難しい名字

★ 名字を作った名字
う〜ん、イマイチ表現がわかりにくいなぁ。その名字から分家していろんな名字が作られている名字で、いわば名字の本家筋とも言えるか?例えば、太宰権帥(ごんのそち)藤原隆家の子政則の子則隆が肥後国菊池に住んで菊池氏の祖になった。この菊池氏からは、米良・本田吉田田中黒木などが出て九州各地に広がった、というように、この場合は「菊池」がそれにあたる。
(例) 「足利」「今川」「大江」「小笠原」「工藤」「斎藤」「佐々木」「佐竹」「佐藤」「斯波」「大掾」「武田」「」「千葉」「土岐」「徳川」「新田」「畠山」「細川」「渡辺」「石川」「池田」「在原」「尼子」「浅野」「明智」「伊藤」「浦野」「遠藤」「太田」「越智」「大庭」「大伴」「織田」「小野」「小山」「加賀美」「梶原」「上総」「葛城」「加藤」「鎌倉」「狩野」「」「京極」「吉良」「楠木」「朽木」「熊谷」「黒田」「国分」「後藤」「小早川」「惟宗」「近藤」「島津」「菅原」「秩父」「土肥」「那波」「南部」「」「蜂屋」「尾藤」「逸見」「北条」「穂積」「松浦」「三浦」「村上」「毛利」「最上」「物部」「」「山県」「山名」「結城」「六角」「和田

★ 名字の文字数
# 名字のうち漢字二文字からなるものが全体の86%をしめ、三文字の名字が約10%、一文字の名字が約3%とのこと。
 どうして名字に漢字二文字のものが多いか?それは、奈良時代に朝廷が、行政区画の名称に漢字二文字を使わせたことがあり、それ以降日本人の多くは二文字(例:高橋=たかはし)の人名や地名を好んだということのようだ。

★ 名字の数 【参考データ
森岡浩さんの著書によると日本の名字の数は約29万と言われるが、数え方によってだいぶ差があるらしい。では諸外国と比べてこれは多いのか少ないのか?中国や韓国は儒教の思想により名字を受け継ぐことを大切にしているため、中国には約400、韓国は約250と言われる。欧米ではどうかというと、ドイツが約15〜30万。アメリカは約150万と言われている。
また、世界で一番多い名字は「王(わん)」で中国国内だけでも約1億人いるとか。二番目も中国の「吏(り)」。英語圏で一番多いのは「スミス(Smith)」。


日本で最も古い名字
参考: 河出書房新社 名字から歴史を読む方法 鈴木 亨 著

(1) 笑い話編
群馬県新田郡鈴懸村の村役場で、「日本で最も古い名字にしてほしい」と頼んだ農民に、戸籍係の担当者は「古代、というのはどうだ」と言ったところ、農民はもっと古い名字がいいというので、「では、太古では」といったが、もっと古くして欲しいというので、「それでは太古前にしよう」ということで太古前という名字に決ったので、これが一番古い名字にと言われているが、この名字は実際に今でもあるらしい。

(2) 真面目編
この本によると、日本で一番最初に付けられた最古の名字というのは不明なのだそうだが、以下の様なことが言えるそうだ。
日本で一番古い歴史書である「古事記」の中の神々の名前が連なる中で、「安曇連(あずみのむらじ)」というのが最初に登場する人名と言われている。なお「連」は敬称とのことで、「安曇」というのが名字である。
※ 安曇: 福岡市東部を本拠にした古代豪族で海産物の貢納や海上輸送に携わっていた。
余談ではあるが、現在この原稿はiPadで書いているが、iPadで暇つぶしに「まんがで読む古事記」を読んだが、次々に出て来る神々の名前の複雑なこと。唯一と言っていいくらい知っていたのが「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」と「須佐之男命(スサノウノミコト)」くらい。それにしても須佐之男命が天照大御神の弟(日本書紀では子供だったようだが?)とは知らなかったなぁ。その須佐之男命の子孫が大国主神だそうだ。
それはともかく、最古の名字を辿る場合にはこれらの神々が密接に関係しているということで、古事記や日本書紀を先に読んだ方が良いかも知れない。
ちなみにいくつか抜粋して記載してみたい。
♯ 安曇・渥美・熱海・天・海人・海部: 古代に海上軍事力として朝廷に奉仕した海人部(あまべ)を統率した安曇の子孫。なお「部」は「職能集団」を意味する。安曇は「水の中から生まれた綿津見神」の子孫。
♯ 宗像: 天照大御神が須佐之男命と天の安の河原で誓約して生まれた三柱の女神の子孫。宗形・宗方・宗象・棟方はその変形。
藤原: 天の岩戸の前で祝詞を奏上した天児屋命(アメノコヤネノミコト)は後に祭祀を司る中臣(ナカトミ)となり、その子孫の鎌足の時に天智天皇から藤原姓を賜った。
♯ 石辺・宗形・大神(オオミワ)・賀茂・我孫(アビコ)・神(ミワ)・長(ナガ): 大国主神の子孫。
諏訪: 大国主神の子の建御名方神(タケミナカタノ神)が、高天原の使者に抵抗して信濃の国諏訪湖に逃れ、神主の諏訪氏の祖となった。

■ 渡来人由来の名字 【古代豪族と苗字
古代日本の文化は大陸からの渡来人(とらいじん)にもたらされ、それを元にした名字や地名も多く存在する。
※ 大陸由来の豪族名: 漢(あや)氏、秦(はた)氏、文(ふみ)氏。
※ 七世紀後半に朝鮮の百済や高句麗が滅亡したときに多くの亡命者が渡来し豪族となったが、それらの人々が日本全国に散って住み着いた所に渡来系の地名が起きたとされ、その代表に埼玉県の高麗(こま)郡がある。

臣籍降下により賜姓により生まれた名字
今の世の中にも通じることだが、天皇が二人の男の子を作れば一人は皇太子となって天皇を継ぐが、一人は宮家を起こす。そして、次の世代にも同じように男の子が二人出来れば、宮家は三つに増える。昔は、早死にする人も多かった代わりに、子供の出来る数も多かったので、このように何代も続くと宮家(当時で言う皇親)は膨大な数になった。そのために行われたのが臣籍降下である。その際に新しい名字を与えるのを賜姓と言う。この賜姓として、三園・近江・晴海・志賀・浄原(きよはら)・長井・長谷・山科などの15種類の姓が使われたそうだ。
・ 「」や「」もこれに該当するのかな?

通字
名前に代々同じ文字が使われている場合がある。例えば徳川家の「家」などが代表的であるが、これを「通字」という。その他には、天皇家の「仁」、源氏の「朝」「義」、平氏の「盛」、武田氏の「信」、毛利氏の「元」、伊達氏の「宗」、織田氏の「信」等がある。

国民皆名字
 江戸時代までは、一般庶民には名字はなかった(正確には、名字はあったが公式には名乗れなかった)とされているが、明治3年に明治政府が「今後、平民に苗字の使用を許す」という平民苗字許可令を出したのをきっかけに国民皆名字となった。しかし、それでも名字をつけない者がいたので、明治8年に「平民苗字必称義務令」が出された。
・ 明治時代の当初は夫婦別姓で、妻は実家の名字を名乗っていた。しかし明治31年施行の民法・戸籍法では、妻は結婚とともに、夫と共同生活に入り、夫の戸主権に服し、名字も夫と同じものを名乗るとされた。
※ 明治新姓の区分
・ 明治時代以前にすでに名字を名乗っていた武家、公家はそのままの名字を登録した。
・ 昔は武士で名字を持っていたが、江戸時代には帰農して公的には名字を持っていない場合には、明治以降は昔名乗っていた名字を登録した。この中には江戸時代に苗字帯刀を許された医師、庄屋なども含む。
・ 今まで名字をまったく持っていなかった庶民は、新たに名字を登録した。

■ 名字が増える場合、減る場合 → 【詳細

■ 名字の読み方の濁り
 山崎須藤中島
これらの名字の読み方において、濁るケースと濁らないケースがある。つまりこうである。
山崎 > 「やまさき」「やまざき」
須藤 > 「すとう」「すどう」
中島 > 「なかしま」「なかじま」
 なんでも、東日本では濁るが西日本では濁らないというケースもあれば、全国的には濁るが、ある特定の県では濁らないというケースもあるようです。
 たしか、中国では名字は50位しかないと聞いた覚えがあるが、日本では漢字の表記だけでなく、同じ漢字でも「東海林 > とうかいりん、しょうじ」のように読み方が違ったり、またこのように「濁ったり」「濁らなかったり」。本当に日本の文化は複雑です。こういった読み方に関係してくるのが日本語の「連濁」という文法のようです。

※ 蛇足ですが、「釣りバカ日誌」のハマちゃんは佐々木課長から「浜崎(はまざき)」って呼ばれ、「ハマサキです」って訂正する場面がよくありますね。ハマちゃんの出身はたしか宮崎ですから、やはり濁らないんでしょうね。

■ 難読名字 【参考
# 四月朔日: わたぬき > 四月一日になると着物の綿を抜いたことから。
# 小鳥遊: たかなし > 鷹がいないと小鳥が安心して遊べることから。
# 一口: いもあらい > 出口が一つしかないので芋の子を洗うように混雑するから。なお、福岡県では素直に「いっこう」と読む。
# 月見里: やまなし > 山が無いと月見ができる(^o^) 静岡県清水市付近に多い名字だそうです。しかし、山梨県静岡県には望月という名字が多いそうですが、どちらも「月つながり」で風流な名字の多いところですね。
# 夜交: よまぜ > 信濃の高井郡夜交の地名から。
# 四十物: あいもの > 富山県にある姓で、「魚の加工品銘」、「藍織物の名称」など諸説有るとのこと。
# 鴨脚: いちょう > 京都の鴨長明につながる下鴨神社の神官の名字。

■ 日本の名字のルーツ
 名字の成り立ちにはいくつかある。たとえば自然や地形から生まれた名字、地名由来の名字、いわゆる系図由来の名字などが代表的だろうか。
この系図由来だが、これは「源平藤橘」由来と言うことで、それぞれ「源氏」「平氏」「藤原氏」「橘氏」に由来しているということである。その中の代表的なものが「藤原氏」由来のいわゆる「藤」という字がつく名字で、「佐藤」「伊藤」「加藤」などがある。たとえば以下のように変化しているのである。
佐藤: 平安中期に藤原北家秀郷流の公清が左衛門尉となったことから。
伊藤: 伊勢の国の藤原

■ 源平藤橘
・ 姓は氏のランク分けで、天武天皇の頃には「八色の姓(やくさのかばね)」といわれていたが、後に残ったのが、藤原氏橘氏源氏平氏の四姓である。これらを「源平藤橘(げんぺいとうきつ)」という。
・ 臣籍降下の際に与えられた大姓。

【源氏】
平安時代には、皇室の数が増えすぎて、臣籍降下が行われた。
その際、天皇は「朕(ちん)と汝(なんじ)は源(みなもと)を同一にする」という意味で「源」という姓を与えた。これが、「源氏」の始まりである。
この際、名字を与えた天皇の名を取って「清和源氏」「宇多源氏」と呼ばれる事が多い。
そして、同じ源氏でも住み着いた地域を取って「甲斐源氏」「近江源氏」等と呼ばれるようになった。
平氏も同じです。有名な所では桓武天皇から「平」の氏を与えられた「桓武平氏」がある。
# 源氏二十一流: 「宇多源氏」「嵯峨源氏」「清和源氏」「村上源氏」などには名字の出自になったものが多い。

# 甲斐源氏の武田氏
義光は常陸介の後に甲斐守に昇進し、甲斐の国に赴任した。義光の次男義清は常陸国那珂郡武田(茨城県勝田市)に住み武田冠者と呼ばれたが、甲斐国に配流され、その子の清光が辺見庄(北巨摩郡)に住んで辺見氏を名乗った。清光の次男信義が武河庄武田(韮崎市)に住んで甲斐の武田氏の始祖となった。信義の甥の長清が中巨摩郡小笠原に住んで小笠原氏を称し、長清の弟の光行は中巨摩郡南部に住んで南部氏を名乗った。
小笠原氏は後に信濃国深志(長野県松本市)を本拠とし、その後明石から小倉に移封され幕末を迎える。南部氏は光行が頼朝の奥州ぜめの勲功で陸奥国北部を与えられ、後に盛岡を本拠地とした。
※ 小笠原氏は後に小笠原諸島を発見し、小笠原諸島の語源とされる。

【平氏】
・ 平氏と言えば、「平清盛」や「平将門」が有名。【桓武平氏

【藤原氏】
・ 藤原氏の本姓は「中臣(なかとみ)」と言い、中臣とは神と人の間にいる臣で祭祀を司る。その遠祖は「アメノコヤネノ命(ミコト)」。朝廷の中級官僚であった中臣鎌足は時の権力者の蘇我蝦夷(そがのえみし)・入鹿(いるか)親子に対向すべく中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)をたててクーデター?をおこし天下を掌握した。これが大化改新で、これを期に豪族の私有地であった「部」が天皇に没収され、豪族には官職と位階が授けられ、部族連合国家から中央集権国家となった。中大兄皇子は後に天智天皇になり中臣鎌足に鎌足の生誕の地である飛鳥の藤原にちなんで「藤原」の姓を与えた。【藤原氏から出た名字・「藤」族の名字

# 頼朝の奥州遠征で奥州藤原氏は滅んだが、この時遠征に参加した鎌倉武士が奥州に所領を与えられその地名を名字にしていった。中には後に戦国大名となった家もあり代表例として、伊達南部畠山三浦相馬結城などがある。

【橘氏】
和銅元年(708)に元明女帝の即位に際して、歴代の天皇につかえた女官長の県犬養三千代(あがたいぬかいみちよ)の労を労って酒杯に橘を浮かべ「橘は果物の王である。その枝は霜や雪にもめげず繁茂し、葉は寒暑にもしぼまない。しかも光は珠と輝きを争い、色は金銀と交わってますます美しい。この橘を氏とせよ」という詔とともに橘の姓を賜ったのが始まり。女性で氏を与えられた唯一の例だそうだ、しかも与えたのも元明女帝だから女だ。
橘氏を遠祖とする名字は少なく、楠木正成や由井正雪くらいだそうだ。

■ 名字の由来
# 名字(正確には苗字)の発生の要因

(1) 古代名由来: 
(2) 基本姓由来: 天皇の分家が新しく姓を名乗った。
(3) 藤原氏由来: 佐藤伊藤加藤など
(4) 地名由来: 日本人で一番多いと言われているのが、この地名由来の名字である。
伊東静岡県伊東市
・ 河津: 静岡県加茂郡河津町
三浦相模国三浦郡
・ 津久井: 横須賀市津久井
・ 芦名: 横須賀市芦名
岡崎: 平塚市岡崎
真田: 平塚市真田
杉本: 鎌倉の杉本
和田: 三浦市和田
・ 矢部: 矢部(横須賀市小矢部)
・ 大多和: 大多和(横須賀市大和田)
長井: 横須賀市長井
佐原: 横須賀市佐原
豊島武蔵国豊島郡
尼子近江国犬上郡尼子
毛利相模国愛甲郡毛利庄
大友相模国足柄郡大友
伊達陸奥国伊達郡
上杉丹波国何鹿(いかるか)郡上杉庄
武田常陸国吉田郡武田郷
榊原伊勢国一志郡榊原
浅野愛知県一宮市浅野町
山内相模国鎌倉郡山内
酒井尾張国碧海(おうみ)郡酒井
本多豊後国本多
(5) 地形由来: これも結構多いと言われています。山田大石などはその一つ。
(6) 方位や位置関係由来: 川西、奥田などはその一つ。
(7) 職業由来: 荘司からきたと言われる東海林などが代表的
・「斎部(いつきべ)」: 大和朝廷で中臣(なかとみ)氏と並んで祭祀(さいし)をつかさどった。
・「水部(もとりべ)」: 
・「橋部(はしべ)」: 
・「伴部(ともべ)」: 律令制で、品部(しなべ)等を管理した役人。
・「膳部(かしわべ)」: 料理人。
・「渡部(わたりべ)」: 
・「刑部(おさかべ)」: 日本の律令制における役職で、司法全般を管轄し重大事件の裁判・監獄の管理・刑罰を執行する。
・「船部(ふなべ)」: 
・「鞠部(まりべ)」: 
・「矢部(やべ)」: 
・「漆部(うるしべ)」: 漆塗り。
・「石部(いしべ)」: 
・「錦部(にしきべ)」:
・「土部(はにしべ)」: 
・「品部(ともべ)」: 大和朝廷の職で、物資を貢納したり、朝廷の労役に従事した。
・「神服部(かむはとりべ)」: 神に仕える機織りという意味
・「土師部(はにしべ)」: 土器や埴輪を造り、葬祭に従事した仕事。
・「倭文部(しとりべ)」: 倭文(しつ)は日本古来の織物で、大陸伝来の綾に対して使われる。
・「犬飼・犬養」: 犬の飼育を担当
・「川人(かわひと)」: 川で漁業や魚の管理
・「大蔵」: 貢ぎ物の入った蔵の管理
・「出納」: 収入と支出の管理
・「服部」: 「服織部(はたおりべ)」という衣服の担当。
・「猪狩」: 猪の狩りを担当。
・「鍛冶」: 鉄製品の製造
・「鍋屋」: 鍋を扱う店
・「越後屋」: 越後(新潟県)に縁があったり、越後で取れた物を売る店。
(8) その他: 主君から貰った名字、渡来人の名字。

■ 名字のランキング

(1) 佐久間ランキング
(2) 第一生命ランキング
(3) 日本ユニパックランキング
(4) 【別冊歴史読本日本の苗字ベスト10000】(新人物往来社(平成13年1月刊)
(5) 明治安田生命保険全国同姓調査

■ 日本人に多い名字は、人口1000人あたり
01 佐藤 15.83
02 鈴木 13.32
03 高橋 11.32

ちなみに名字の由来は
* 佐藤: 将門を滅ぼした藤原秀郷の子孫、公清が名乗り始めた東日本の代表姓。
* 鈴木: 稲穂を積み上げた紀州方言「スズキ」が意。物部氏末裔で紀州熊野に発祥。
* 高橋: 天(神)と地を結ぶ高い柱・階(たかはし)が原義。古代からの大姓。

さて、皆さんの名字の由来はなんでしょう?Netで検索しても結構でてきますので、一度調べてみたらいかがでしょ?

なお名字に使われる漢字の多い順は
田 → 藤 → 山 → 野 → 川 → 木 → 井 → 村 → 本 → 中 で圧倒的に自然姓が多い。

(昭文社 なるほど日本知図帳04−05より)

■ アメリカの名字 【世界の名字と名前】【日系アメリカ人の名字
これは、アメリカの国勢調査局が1990年に行った調査結果を「アメリカの最多名字」というサイトに発表している。それによると、
1位: スミス(人口比約1%)
2位: ジョンソン
3位: ウィリアムズ
4位: ジョーンズ
5位: ブラウン
スミスという名字は鍛冶屋由来のもののようで、鍛冶屋はアメリカだけでなく日本国内でも農業を支える重要な職業で、村にはかならずあった。それだけにスミスという名字が増えたようだ。
# アメリカの職業由来の名字
ベーカー: パン屋
バトラー: 判事
カーペンター: 大工
チャップマン: 行商人
クーパー: 桶屋
フォスター: 刃物職人
ガードナー: 庭師
メイソン: 石工
ミラー: 粉屋
スペンサー: 執事

■ 日本国籍取得における名字の作成
・ 大相撲元関脇の高見山は妻の名字を使い、「ジェシー・ジェームス・ワイラニ・クハウルア」から「渡邊大五郎」とした。
・ サッカー選手の「サントス・アエサンドロ」は、語呂合わせで「三都主アレサンドロ」とした。
・ サッカー選手の「ロペス・ワグナー」は、語呂合わせで「呂比須ワグナー」とした。

■ どんな時に名字は変えられる? 【名字の変更の詳細
 日本には30万近い名字がありますが、中には読みにくいだけではなく、ある種「いじめの原因」にでも成りそうな名字も沢山あります。こういった場合には名字を変えることができます。

 

最終更新日 2017/01/20
 

統計表示