地名の歴史と雑学
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★ 地名の漢字

・ 「山」や「」は村落を守る神社が作られた神聖な場所を示す。

★ 地名の語源

【相生】(あいおい)

【安土】(あづち)

【飯塚(いいづか)】: 「いひ(飯、いひ)」+「つか(塚)」で、「飯を盛り上げたように築いた台地」や「上方に高く築いて盛り上げた土地」の意味。【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】

【井出・井手(いで)】: 「井堰、または井堰の用水の取り入れ口」に由来する?【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】

【会下】(えげ): 埼玉県鴻巣市に「上会下(かみえげ)」と「下会下(しもえげ)」がある。「会下」とは「和尚」の別名で、「上にある寺」「下にある寺」を意味する。

【追分】: 街道の分かれ目

【大路】(おおじ)
・ 「おお(大)」+「ぢ(みち)」に由来し、広い路を意味する。【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】

【皆生】(かいけ)

【香具山】(かぐやま)

【河岸】(かし)
・ 「か(川・河)」+「し(場所)」で、岸の舟をつなぐところ。【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】

【川端】(かわばた)
・ 「かわ(川)」+「はた(端)」で、「川に沿ったすぐそば」の町や集落を意味する。【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】

【神田】(かんだ)
・ 昔、皇大神宮に新穀を奉るための神田(斎田)があったところ。【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】

【菊川・吉川】(きくかわ)

【京極】(きょうごく)

【楠・樟】(くすのき)
・ 「くす(奇す)」+「の」+「木」で、「大樹で木の香りに神霊を感じる木」のこと。【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】

【沓掛】: 旅人が履き物を道路の神に供えて道中の安全を祈願した土地。

【くもんでん、くもで】: 公文田は公文が持つ土地で、「雲手(くもで)」「雲出(くもで)」「蜘蛛手(くもで)」と変化した。

【御坊】: 御坊は本来浄土真宗寺院を指す。

【境・堺・酒井・坂井・阪井】(さかい)

【沢】: 古語の水音や草木の音の「さわ(騒ぐ)」を意味した。

【塩津】(しおづ)

【神通川】(じんつうがわ)
・ 「神済(神の水)」+「川」。神に供える清らかな川で、「神の恵みの川、水害もなく、豊かにきよらかな水をくださる川」の意味。【誰も知らない語源の話 増井金典 ベスト新書】
※ 富山県に土地鑑がないんですが、神通川って水害が多いイメージがあるのだが。

【瀬田】(せた)

【園】: 「園」は古代から中世にかけて、「畑」を表す律令用語だった。
・ 鹿児島では「薗」、熊本や福岡では「園」の地名が多い。律令制の「園の制」に由来し、水田以外の農地を意味した。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

【谷】: 古語の動詞の垂り。崩れた地形を意味した。

【佃】(つくだ)

【洞】(ほら): 山間の切り開かれた土地。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

【町】: 「町」という字には、「耕地の畝や畔」の意味がある。

【めん】: 荘園ができた後に武士が開発した土地は年貢が免除された。「免田(めんでん)」。あらたに免田になった土地は「免取り(めんどり)」と言われ、「免鳥」や「雌鳥」に転じた。
# 一色、別府なども税の免除に由来する。
・ 荘園の年貢の一部が免除された土地を一色という。
・ 国司の権限で年貢の一部や全部が免除された土地を別符といった。「別名の符」。別府も同じ。大分県別府市は宇佐神宮の石垣荘で「石垣荘二百町のなかの六十町が別符」という記録がある。

【結】(ゆい): 労働をともにすること。由比ケ浜、由比、由井。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

★ 地名の雑学

# 「青山」地名: 青山の地名は全国に約100ある。
・ 山の色は、本来「青」ではなく「緑」だが、古代は四色しかなく、緑は青で表現された。青信号はその名残り。
青々とした山々。
・ 青の地名は多いが、緑の地名は少ない。

# 「麻生」の地名: 麻生の地名は全国に約60。

# 磯部: 航海や漁業を職業とする部に由来する。磯部を管理していたのが伊勢国造。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 「いど」は井のある処の井処(井戸)。用水を汲む所を「い」という。「い」が「ゆ」に転じたところもある。

# 「井」の地名: 地方によっては「井」は「ゆ(湯)」に転じたところもある。

# 「猪」の地名: 猪肉は古くは「山くじら」と言い、猪鍋で食べた。
・ 縄文時代や弥生時代の遺跡から出てくるのは、猪と鹿の骨や歯。牛や馬は弥生時代に大陸から伝わった。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】

# 「色」地名: 「いつもNAVI」http://www.its-mo.com/
「青」で検索、972件
「白」で検索、2070件
「黒」で検索、1696件
「赤」で検索、1870件
「緑」で検索、647件(ただし、緑が丘などの現代地名が多い)
「黄」で検索、116件
「紫」で検索、182件

# 「院」の地名: 古代の公的領地の地名が、中世の荘園に影響しながら残っている地名のひとつ。古来、垣や塀を巡らした大きな屋敷を院といった。九州南部に多い。条、郡、郷なども同様。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】
・ 九州や能登には「院」の地名が残る。「院」とは、周囲を築地などで囲った役所のこと。のちには荘と同じ意味をもった。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 「えき」の地名: えき(浴、液、江木、榎木)。やや小さい谷の平地で、一般には水は無く、草地や窪地。
・ 中国地方の西部では、山の麓の弓形に曲がったところや谷の入り口を意味する場合もある。
・ 「え」は「水気の湿地」で「き」は接尾語。

# 江戸時代に、庶民も苗字を持つケースが多かったが、公称はできなかった。しかし、天領ではこの禁止令は次第に甘くなったが、諸藩では概して厳しかった。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 大阪の放出付近の寝屋川
・ 一般に家をたてる場合には、道路に面して建てることが多いが、中には道路を背にして家が建っているケースがある。こういったケースの多くは、この道路は昔河川で、それを埋め立てて道路にしたケースである。

# 開拓地名
・ 新しく開いた土地を開(ひらく)といい、平木や平吹に転じた。
・ 新墾(にいはり)は、新堀(にいぼり)や日暮里(にっぽり)に転じた。
・ 東日本の開発地名: こうや。高野、広野、紺屋、興屋、興野、幸屋、高野、耕野、高谷、幸谷、神野など。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】

# 「かいと」地名: 「垣内」「垣外」「皆戸」「貝戸」「海道」「街道」。有力者の「垣の内」を意味する。

# 「崖」の地名: 「崖」には後に「柿」や「蠣」の字をあてた。「欠ける」、「餓鬼」も同じ?

# 膳部(かしわで): 朝廷の調理を行い、阿部氏族の膳臣がこれを統率した。安倍氏と同じく孝元天皇の皇子の大彦命を祖とする。大彦命の孫の磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が景行天皇の東国巡行に従い、上総国浮島宮に着いた際に、その海でとれた鰹と蛤を調理し、お気に召してこの姓を賜った。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 角川地名大辞典の収録数は550万。

# 「かど」地名: 「門」に代表される「かど」地名は、必ずしも「門(もん)」に関係するとばかりは言えない。地域によっては家の前を「かど」と言い、家の後ろを「せど」といった。

# 「カミ」の地名・「シモ」の地名
・ 同じ川の流域の上流に「カミ」、下流に「シモ」をつけた。一般的には江戸時代に分かれた地名という。
・ ただし、旧国の「上」「下」は京に近い方が「上」だった。

# 「川」地名
・ 埼玉県の川口は芝川が荒川(旧入間川)に合流する所。
・ 新潟県の川口町は、魚野川が信濃川に流れ込む所・
・ 川口は落合と同じ、川の合流点を意味する。「かわい」も合流地名。
・ 河口は、川口ではなく川尻という。
・ 川崎は川のほとりか、川の前を意味する。
・ 川上、川浦は川の上流を意味する。川浦は川の末(うら)。
・ 熊本市川尻は、川の流れ出る所。緑川の下流の加勢川沿いで、白川との合流地。江戸期には熊本城外の外港の港町。
・ 春日部市川敷の川敷は川の流域の敷地。河川敷。

# 「川(かわ)」は昔は「かは」といい、水が流れる水路をいうが、「泉」や「井戸」を川という地域がある。沖縄全土、大分、九州北西部、五島、壱岐、対馬、中国西部から隠岐、岡山にかけて、愛媛県、伊豆大島など。九州では、「いど」と「かわ」が触れ合って「いかわ」という。

# キトラ古墳の「キトラ」とは、方向を表す地名で「鬼門の虎の方向=北東」を意味する。

# 「くし」の地名: 「くし」は細長くて突き刺す物 → 「串」「櫛」「久志」「久師」。「くし」はもとは「越(こし)」から転じたといわれる。

# 「くぼ」の地名: くぼ(窪、久保)。全国に見られるが、関東平野に多い。

# 国名、郡名、郷名(郷は村の集合体で地方行政の単位)
・ 「村」「」「里」「郷」は中国の法律用語由来の言葉。

# 「くま」の地名: 「くま」地名は全国に約900。「熊」「隈」など。

# 「くり」の地名: 岩や石を意味し、「栗」「久里」などの字をあてた。

# 「桑」の地名: 桑の地名は桑田、桑畑など全国に約500ある。

# 合成地名
・ 明治22年(1889年)に町村制が施行されたが、その前年には国内に7万1314町村(集落)が存在した。そして、合併後1万5820になった。その際に合成地名が数多くできたが、内務省は町村合併の基準を以下のように定めた。
・ 「訓令第352号」。「同規模の村の合併にあたって合成地名を、お互いに優劣なき数町村を合併するときは、各町村の旧名称を参互折衷する等適宜斟酌し勉めて民情に背かざることを要す。」
・ 山武郡: 千葉県の山武郡は「山辺郡」+「武射郡」の合併。
・ 長生郡: 千葉県の長生郡は「長柄郡」+「上埴生郡」の合併。
・ 綾歌郡: 香川県の綾歌郡は「阿野郡」+「鵜足郡」の合併。
・ 仲多度郡: 香川県の仲多度郡は「那珂郡」+「多度郡」の合併。
・ 三養基郡: 佐賀県の三養基郡は「三根郡」+「養父郡」+「基肄郡」の合併。

# 五世紀から七世紀前半にかけて、王族の直属の家臣の集団と朝廷から与えられた領地を「名代(なしろ)」という。名代には王族が居住する王宮名がつけられた。
・ 忍坂宮(おしさかみや)にいた忍坂大中姫(おしさかのおおなかつひめ)の領地は「刑部」と呼ばれた。
・ 仁徳天皇の皇子で草香宮(くさかのみや)にいた大草香皇子(おおくさかのみこ)の領地は「日下部」と呼ばれた。

# 「崎」の地名: 「崎」 → 「御崎」 → 「岬」

# 「さこ」は岐阜県山県地方では「山の中段」を意味する。岐阜県郡上地方では「水の無い谷」を意味する。

# 「さだ」の地名: 「さ(先)」+「た(処)」 = 岬。「定」「貞」「佐多」「佐田」の字をあてた。また「さだ」は断崖が崩れて海に落ちた処とも言う。

# 「しま」地名: 地域によっては離れた集落を「しま」といった。ヤクザの「しま争い」のしま。

# 自治体名の命名のパターン
「内務省訓令第352号」
・ 第六条 合併の町村には新たにその名称を選定すべし、旧各町村の名称は大字として存することを得。尤も、大町村を合併するするときは、その大町村の名称を以て新町村名と成し、或いはお互いに優劣なき数小町村を合併するときは各町村の旧名称を参互折衷するなど適宜斟酌し勉めて民情に背かざることを要す。但し、町村の大小に拘わらず歴史上著名の名称はなるべく保存の注意を為すべし。

# 荘園関連の地名
・ 一色の地名は、領主に公事を免除され、年貢を1種類だけ負担する土地のこと。静岡県、岐阜県、三重県に多く、全国に約50あるという。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】
・ 政所、領家、領下、公門、公文。
・ 政所: 荘園の現地事務所のようなもの。
・ 公文、下司、田所: 荘園の領主の命にて、年貢の徴収や管理を行った。

# 縄文語地名
・ ピラ、ビラ、ヒラ: 崖、傾斜地?「平」。【縄文の地名を探る 本間雅彦 高志書院】

# 職業部
・ 職業由来の「部」: 「錦織部」「鍛冶部」「膳(かしわで)部」「山部」「海部」「鵜飼部」「土師部」「弓削部」「馬飼部」「鍛冶部」「舎人部」「佐伯部」「来目部」
【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 白樫(しらかし): 「白」は「ヒラ(平)」。「樫」は「カシグ(傾ぐ)」。山麓などの傾斜地を意味すると言われる。

# 新田(新しく開拓した土地)の表現。
・ 北陸地方: 「〜出」。「東出」など。
・ 広島県: 「〜河内」。「佐村河内」など。
・ 九州北部: 「〜丸」。「五郎丸」など。
・ 新田の読み: しんでん、にった、にいだ、あらた。

# 人名の地名(どっちが先か不明のものも)
・ 滋賀県長浜市石田町。石田三成の出身地。
・ 京都市上京区主計町。主計頭であった加藤清正の屋敷があった。
・ 福井市佐内町。橋本佐内。
・ 小堀遠州は滋賀県長浜市小堀町の出身。
・ 蜂須賀小六は愛知県海部郡美和町蜂須賀の生まれ。

# 「すか」の地名: 沿岸部の砂地の高まり。「州」は川岸の砂地で自然堤防になったところ。

# 生物地名
・ 災害を語り継ぐうちに地名となった。「くさち(草地)」「くさの(草野)」「くさか(草処)」。これらは、水を多く含む腐植土の地に青草が生えて地名になった。

# 「ソネ」は、八王子では山頂を意味する。新潟県では尾根を意味する。秩父では山の上の平らな所を意味する。

# 「鶴」の地名: 鶴地名は、水流(つる)だけでなく、「連なる」に由来しているものもある。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】

# 台の「ヤマトコトバ」は「ウテナ」

# 大宝律令: 701年に定められた大宝律令で、全国は「国」「郡(こおり)」「里(り)」の行政区分で区分けされた。そのとき、郡や里(後の郷)にはそこを支配していた小豪族が用いた、「大伴」や「物部」の名称が利用された。
さらに670年の庚午年籍(こうごねんじゃく)では庶民の姓も定められ、多くのその地を治める豪族の名を与えた。
・ 曽我部、宗我部などは蘇我氏の領地だったのが由来。

# 「田」の地名: 田居中の「居=井」。
・ 「田井中」。これらの3つの漢字の組み合わせ。
田中 中居 中井 中田 田井 田居 
村井 村居
昔は村に住んでいた。 

# 地崩れの生物地名
・ かき(欠き): 山を欠く。柿原、柿谷、柿の久保。崖も柿と同様。
・ はぎ(萩): 斜面をはぎ取る。芳賀、箱根も同様。
・ 地学では1日に数センチの動きを地滑り、それ以上を地崩れ(崖崩れ、山崩れ)という。
・ 大阪市北区梅田は梅処(うめど)が語源。

# 地図
・ 大化二年(646年)に地方の支配をすすめるために農地の地図を作れとの命令が朝廷から出ている。
・ 奈良時代に班田図(はんでんず)と呼ばれた。
・ それとは別に貴族や寺院が新しく開いた田地を記録した「墾田図(こんでんず)」や「開田図(かいでんず)」も作られた。
・ 拾芥抄の行基図は平安時代に作られた。
・ 江戸幕府は1605年に諸大名に石高や租税の調査と国絵図の作製を命じた。1822年に伊能図が完成(大日本沿海輿地全図)。
・ 近代図: 明治4年に工部省の測量司が初めて三角測量を行った。

# 千葉県銚子市の外川浦は、紀州出身者で構成されていたが、江戸時代には領主の方針で、領民に同じ苗字や称号を禁ずるとか、領民が領主の苗字を遠慮する場合があった。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 地名の始まりは「自然地名」で、川上など。【地名でわかるオモシロ日本史 武光誠 角川ソフィア文庫】

# 豊臣秀吉は、1588年に刀狩を行って農民の武器携帯禁止した。また1591年に武士が町人や百姓に転ずること、百姓が商人に転ずることを禁止した。江戸幕府では、士農工商が固定し、苗字・帯刀は武士以外には禁止した。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 地名で一番多いのは?【詳細
丹羽基二氏の調査によると、日本の郡や市町村名で一番多いのは中村で236例。

# 地名の長さ
・ 一音一字の地名。たとえば「つ(津)」は中部日本に集中し、特に茨城、千葉、滋賀に多い。東北以北には見られない。【縄文の地名を探る 本間雅彦 高志書院】

# 地名の読み方や意味
同じ字でも地域によって読み方や意味に違いがあるののがある。
・ 「園」
関東では「娯楽施設」を意味することが多いが、関西では「住宅地」を意味する事が多い。
【例】
・ 関東: 後楽園、豊島園、偕楽園
・ 関西: 甲子園、苦楽園
※ ただ、同じ西日本でも岡山の後楽園は娯楽施設の意味?
・ 「谷」
東日本では一般的に「や」と読むが、西日本では「たに」と読むことが多い。
【例】
・ 宮城県の大谷(おおや)海岸など
・ 和歌山県の大谷(おおたに)など
※ 東京の「鶯谷」は例外らしい。

# 「坪」: 坪には「一ノ坪(北西の角)」「二ノ坪」・・・「三十六ノ坪(南東の角)とナンバリングされた。

# 天文関係の名字【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】
・ 日奉(ひまつり)
・ 日向(ひゅうが)
・ 日置(ひおき・へぎ)
・ 日高(ひだか)
・ 星の崇拝は、妙見信仰と関係し東国の牧場地帯に多くみられる。

# 「どど」の地名: どど=十×十=百 百(どう)目鬼。二十六木(どう+どう+ろき)。

# 渡来の地名
・4〜5世紀ごろは、外国のことを「韓(から)」と呼び、おもに朝鮮半島をさした7〜8世紀ごろは、外国のことを「唐(から)」と呼び、中国や朝鮮を含めた外国一般をさした奈良県の唐古、佐賀県の唐津、滋賀県の唐崎などは渡来人にちなむ地名という。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】

# 長崎県の壱岐島では、漁村由来の地名は「浦」、農村由来の地名は「触(ふれ)」。「ふれ」とは古代朝鮮語で「村」を意味する。【地名の楽しみ 今尾恵介 ちくまプリマー新書】

# 「ナタ」: カタカナの「ナタ」地名は「十九坪」のこと。十九ノ坪の「十九」が転化して「上古(じょうこ)」となり、「十八」が転化して「甚八」となった。
・ 「十九」→「十句」→「ナタ」と転じた。書き誤りの地名。愛知県新城市作手田原スナタ?【地名の社会学 今尾恵介 角川選書】

# 日本一長い地名

# 日本における文献に表れた一番古い地名は「魏志倭人伝」に記された「対馬国」「一支国」「末廬国」など。

# 「庭」の地名: 西日本では、「農家の戸口から入ったところの土間をニワと言い、雨天時の作業場だった。」。東日本では、「屋敷内の空き地をニワと言い、屋外の作業所であった。」。「ニワ」はもとは古語の「ニハ」で、労働を助けるところ、祭祀を行うところであった。新嘗(ニイナメ)は、古くは「ニハノアイ、ニハナへ、ニハヒ」と呼んだ。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】

# 「鼠」地名: 鼠地名は全国に約300ある。
・ 動物の鼠に由来。
・ 寝ずの番に由来。
・ 山崩れなどの「ねぶる(舐る)」が転じて「ねずる」となり、鼠の字をあてた。

# 「根」の地名: 山根。山の根。山の麓。根は麓。根古屋などが代表的。根は「な」からの転訛。「な」とは、山を含む広い大地。

# 「野」の地名: 能、沼、乃、濃は野の当て字。
・ 浦野は野の末で、上田から見て、野原が広がっている先(端)。すぐ、山。
・ 大野の地名に狭い平地はあるが、広い平地(野)はない。昔は、野は山を含めた広域を表した?

# 土師部: 土器を献じた。河内国・和泉国・下野国・阿波国などに集まって住んだ。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 丈部(はせつかべ): 丈部は中央で使い走りをしていた部で、奈良時代には東北地方を含む東日本に多く分布した。この部を監督する立場にあったのが阿倍氏だった。
平安時代になると、安部、安倍、阿部も見られるようになる。
・ 安倍: 信濃の諏訪神宮の神官。
・ 駿河の安倍氏
・ 讃岐の安倍家: 伊予に流された安倍宗任の子孫という。
【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 秦部・漢部: 帰化人によって編成された。
・ 秦氏: 秦部の統率者として朝廷に仕え、財政事務にも携わった。秦氏の支族には、朝原・太秦・大蔵・惟宗・宗・長蔵・長田など多数みられる。
・ 漢氏: 支族に坂上氏がいる。漢部は漢人部(からひとべ)ともいわれ、大化の改新以前に漢氏が所有または管理していた部民。石見国・美作国・肥前国・豊後国などに分布し、丹波国の漢部郷が有名。
【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 「鼻」の地名: 「鼻(はな)」は突き出たところを意味する。

# 「原」地名
・ 柳田国男によると、「原は広い平野」
・ 一方、「はら」は「はれ(開・墾)」で開拓地という考え方もある。

# 東日本には沢が多く、西日本には谷が多い。「沢」は縄文時代以来の言葉だが、「谷」は弥生人が大陸から持ち込んだ言葉と言われる。

# 「ふくら」の地名: 沿岸が湾のように曲がって膨らんだところ。「福良」「吹浦」「福浦」。内陸部では川の湾曲部。静岡県袋井市。茨城県袋田。

# 「富士」の地名: 富士山。不二。二つとないと言う意味。

# 「ふれ」地名: 「お触れ」に由来する。柳田國男は朝鮮語のプル(村)に由来するという。「触」地名は長崎県壱岐市に多い。

# 平地の地盤にまつわる地名
・ 新田は「田」に限らず「畑」のこともあるので、必ずしも低湿地とは限らない。
・ 低湿地地名: 「あくつ」「あわら」「ふけ」
・ 低地の中で少し盛り上がった微高地で、多くは自然堤防: 「そね」
・ 峠は「手向け」に由来する。また、稜線の鞍部であり、古語の「たわ(たわむ)」を越えると言う意味で、「タワゴエ」から転じたものともいう。
【地名の楽しみ 今尾恵介 ちくまプリマー新書】

# 部民の地名
・ 服部連の統率のもとに、秦部(はたべ)、錦織部(にしごりべ)、呉服部(くれはとりべ)、呉衣縫部(くれのきぬぬいべ)などの帰化系を含め、麻績部(おみべ)、委文部(しずべ)、神服部(かんはとりべ)などがあった。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】
・ 錦織部: 「ニシゴリベ」は「ニシキオリベ」で、大陸から高級絹織物の技術をもって百済から渡来した。錦織は錦織部の首長で、河内国錦織郡が本拠地であった。【日本おもしろ地名考 服部真六 文芸社】

# 崩壊地名
・ たけ(竹): もとは「長(たけ)る、猛(たけ)る」で、「高い」「凄い」を意味した。岩が砕けた崩土は古代には「たけ」と言い、高い山も「たけ(岳、嶽)」といった。
・ くわ(桑): 「くえ(崩れ)」や「きわ(際)」に由来する。
・ くり(栗): 「くれ(崩れ)」に由来する。
・ きり(桐): 「きり(切)」に由来し、堤防などが切れたところ。浜名湖の「今切」?

# 「ほら」の地名: ほら(洞)。谷の一つのタイプ。崩壊地名の「ホル」に由来するとも言われる。西日本の「サコ」や、南関東の「ヤツ」に似ている。

# 「まき」地名: 同族集団を「まき」といった。長老は「おや」といった。

# 万葉集には千数百の地名の記載があるが、その八割は現代でも残っている。

# 三島は御島で朝鮮を意味する。【日本の中の朝鮮文化(12)陸奥・出羽ほか 金達寿 講談社】

# 「宮」のつく地名は全国に10万もあるという。

# 名字のルーツの地名にはその名字は無いことが多い。
(1) 同地名はその土地を離れたときに初めて苗字として名乗る。
(2) 離れるといっても、その距離は昔は20Kmくらい。
(3) 離村する原因は、一族、一村の人口が増えるためで、いわゆる口減らし。

# 「むら」地名: 「原子力村」「むら意識」など。「同じ仲間」の意味。

# 村と郷
・ 日本の古文書(日本書紀など)には農民の苗字は書かれていないが、書かれていないからといって苗字を持っていなかったとは言えず、実際に持っていたようだ。これらの文書への名前の記載は原則として五位以上の貴族だけ。
・ 八世紀頃の平城京には1万人くらいの下級官人が勤めていたが五位以上の貴族は百数十名。したがって、99%の人の名は記録に残っていない。しかも、かれら貴族の名も官職名の姓氏であって苗字ではない。
・ 帳手に帰順して俘囚になった彼らは、弥生時代以来から持っていた「鈴木」「佐藤」「渡辺」「阿部」などの苗字(あだ名)を隠して、君子部の姓を名乗ることになった。
・ 郡、県、村は良民によって自然部落として形成された。
・ 郷、所(別所)、部曲(かきべ)は人為的に設けられ、朝廷や貴族などが私有していた。
・ 村の数: 江戸川時代には全国に6万の村があったとされる。

# 明治時代には、名字を名乗ることが義務付けられた。その際、今まで名字を持っていなかった人たちは、寺などに名字を求めた。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】
・ 石井研堂著の「明治事物起源」によると、研堂が11歳のときに、父親は当時、町の什長を務めていたため、区内の民の要請で苗字を選んでやった。さまざまな苗字を選びつくしたのち、煎茶の名をとり、甲に青柳、乙に喜撰、丙・丁に鷹爪・宇治といったように命名し、お茶の銘柄が消えると徳川四天王の酒井・榊原・井伊・本多の名までつけ与えたという。鹿児島県の指宿では、鰻池にちなんで部落中が鰻姓、愛媛のある地方では部落ごとに網具・野菜・魚の名をつけたという。しかし、多くは江戸時代から苗字をもっていたため、こういった例は少ないという。【苗字の歴史 豊田武 吉川弘文館】

# 焼き畑地名
・ 大嵐駅(おおぞれえき): 「ぞれ」は「そり(焼き畑)」に由来する。「そらし畑」「あらし畑」は焼き畑を放棄して自然に帰すこと。
・ 反町: 焼き畑。
・ 大畑: 「こば」も焼き畑地名。近くに「大川間川(おこまがわ)」があり、「高麗(こま)」や「隈(くま、こま)」にも通じ、渡来人に由来する地名や、川の湾曲に由来する地名にもみえる。【地名の社会学 今尾恵介 角川選書】

# 「やた」の地名: 「ヤタ」を「八田」と書くのは「ハリタ(墾田)」の当て字との説もある。

# 「やと」の地名: やと(谷、谷戸、矢戸)。枝分かれの谷で、台地に入り込んだ細長い谷。鎌倉市にはこの地名が多いかな?

# 「山」と「川」
・ 河岸段丘を昔の人は「ハケ」や「ママ」「ハバ」と言った。
・ 「ハケ」の地名例: 東京都羽村市の羽ヶ下。東京都日野市の八ヶ下。
・ 「ママ」の地名例: 愛知県小牧市の間々。高知県高知市の万々。千葉県市川市の真間。群馬県みどり市の大間々。栃木県小山市の間々田。
※ 「田」は田んぼではなく、「〜のあるところ」の意味。
・ 「ハバ」の地名例: 岩手県盛岡市の羽場。群馬県みなかみ市の羽場。岩手県の矢巾町も、かつては「矢羽場」と書き「ハバ」地名。
【地名の楽しみ 今尾恵介 ちくまプリマー新書】

# 「山」の地名: 出雲国風土記では、山を、木の生えている「山」と、木の生えていない「野(ヌ)」と区別している。
・ 山に囲まれた地形を、東日本では「沢」、西日本では「谷」という。

# 郵便番号簿: 7桁の郵便番号簿には約14万の地名があるそうだ。

# 「ゆら、ゆり」の地名: 「ゆら、ゆり」は、平らな砂地をいう。

# 「〜ヶ里」: 佐賀県の地名に多い。「吉野ヶ里」など。

# 「わだ、わた」の地名: 海岸には「わた」や「わだ」の地名が多い。「わた」は「うみ(海)」の古語で、「わたつみ」と言えば「海の神」で、「わたなか」は「海の中」で、「海上」のこと。「わたはら」は「海原」のこと。「わた」は「海をわたる(渡る)」の語幹とも、「わ(曲)た(処)」で海や川が弓なりに曲がるところともいう。
これと似た地形に「めら」がある。宮崎県の米良は九州山地にある大きな曲がりをもつ谷間である。「めら」は動詞の「める(減る)」から「め(減る)」+「ら(接尾語)」となり、崖崩れや浸食谷を指すとの説もある。

# 倭名抄(倭名類聚鈔)は源順(みなもとのしたごう)が著した百科事典。この中に郡は約600、郷は約4000記載されている。

★ 地名の歴史
・ 日本の地名は、小字程度で1000万件、それよりも細かい通称は1億件以上とも言われる。
・ 日本列島に人類が住み始めた約4〜5万年前の石器時代には、「特定の場所を指す呼び方」があったと言われる。つまり、すでに地名が誕生していたということである。

★ 地形由来の地名名の分類(七種類)
(1) 川
(2) 野原
(3) 坂
(4) 山
(5) 谷(沢)
(6) 海岸
(7) 岬

# 川にちなむ地名
・ 二つの川の出会う所: 「落合」「二俣」「川合」「河合」「川井」「合川」
・ 川の流れる様: 「轟」「等々力」「土々呂」「長瀞」
・ 古代には水の流れている所は「水流(つる)」とよばれ、現代では「水流」に「鶴」をあてているところが多い。従って鶴のつく地名は鶴がいたわけでは無く、水の流れるところを表すことが多い。
・ 川幅が狭い所: 「鶴間」「鶴舞」、鶴=川
・ 川の岸壁がそびえ立っている所: 「峡(かい)」「迫(さこ)」「宇土(うと)」。「峡(かい)」は後に「貝」に変わった。
・ 川の水のたまった所: 「袋」。時に「福良(ふくら)」に変化する。
・ 川の深い所: 「釜」。
・ 川を渡る所: 「越川(こえかわ)」。多くは「鯉川(こいかわ)」に変化する。
・ 森林由来の地名: 守、茂理、母理、毛里、毛利。
・ 境界を表す用語: 「坂」「境」「酒井」「

# 山や森林にちなむ地名
・ 山を表す地名には、山、岳、峰、根、尾などがある。
・ 「やま」は「山岳」のように高いところとは限らない。平地にある森や林を「やま」とよぶところは至る所にある。【縄文の地名を探る 本間雅彦 高志書院】
・ 森林にちなむ地名には、森やが付く地名の他、守、茂理、母里、毛利といったものがある。なんだ、中国地方の毛利家の語源はそれか。

# 農耕文化由来の地名
・ 農村の中心部を表す「中村」
・ 原野を表す「原」「中野」「上野」「大野」
・ 「新田」「山田」「本郷」
・ 古代人は人家が集まった所を「むら(村、)」「さと(里、郷)」と呼んでいた。
水の豊富な低地に田をつくり、水の無い小高いところに人家を作った。その結果、小高いところに集落が出来、「村岡」「村山」「村上」「岡村」「山村」「上村」「高村」という地名ができた。
・ 村落周辺の田では足りなくなり、少し離れて水の便の良い所を開墾して農繁期にはその近く(別宅?)に住んだ。本宅に住むことを「村居」と言い、別宅に住むことを「田居」という。これを由来に「村居」「村居」「田居」「田井」「鯛」の地名ができた。
そして、その別宅に永住する人が出てきたことにより「田中」という地名が出てきた。
まぁ、言ってみれば地方出身の代議士が東京に出てきて議員宿舎に住むことを「田居」とすれば、東京に家を建てて住むことを「田中」というのかな?東京に家を建てて住んだ時点で、代議士という仕事を永久的なものと考えたということでしょうか?
・ 飛鳥時代には開墾地を示す「新墾(にいはり)」や「新治(にいはり)」という言葉が出来た。

# 境界由来の地名
※ 古代では集落のある平地を取り囲む山の登り口に境界が存在することが多く、「坂」と「境」は類似語と言ってもよい。「酒井」も同様である。
※ 道の交わるところを「」と言い、周辺の村落の境となることが多い。「」と言えば、「鍵屋のの決闘」が有名だがこのも伊賀越えの街道の分かれ目だったのだろう。それと「功名が」は司馬遼太郎作の小説で土佐藩主の山内一豊の妻を主人公としたもので、さしずめ人生の出世の分かれ目といった所でしょうか。

# 中国の地名
宮脇俊三さんの「中国火車旅行」の中国北東部の瀋陽にいく下り。
「中国では、川の北側を陽、南側を陰と呼ぶ。つまり瀋陽は瀋水と言う川の北側にあるから。 」

# 用水と墓地由来の地名
※ 用水に由来した地名には「堀」がつくことが多い。
※ 古代人は野原の一定の場所で火葬を行い、そのような所を「かまば」と呼んだ。「釜田」「姻田(かまた)」「煙田(かまた)」は火葬場由来の地名である。また死体を投げ捨てることを「ほうる」と言い、滋賀県の祝山(ほりやま)は「ほうりやま」由来と言われる。古墳由来の地名には「塚」がつき「大塚」「塚本」などの地名がある。

# 日下(くさか): 草香宮(くさかみや)にいた大草香皇子(おおくさかのみこ)の領地が草香で日当たりが良く草がよくはえるため、日下をあてて日下部(くさかべ)とした。
・ 即位する前の神武の皇軍が大和国入りするときには、河内国の「くさか(草香→日下)」に上陸した。この地は、先住民系の太陽信仰に基づくものという。ニニギ以前に降臨した天孫のニギハヤヒと、蝦夷の混血の物部氏に由来する地名で、「日下」も「ひのもと」と読むことができる。【図解 おおづかみ 日本史 「歴史読本編集部」編 新人物往来社文庫】

# 刑部(ぎょうぶ): 忍坂宮(おしさかみや)にいた忍坂大中姫(おしさかのおおなかつひめ)の領地が刑部。

# 荘園由来の地名: 荘や庄がつく地名がそうである。

# 港由来の地名
以前は「津」や「泊」が港を表す言葉であった。そもそも「港」とは河口を示した言葉のようだ。「津」の代表例は大分県の「中津」、三重県の「津」、滋賀県の「大津」。「泊」の代表例は新潟県の「寺泊」、鳥取県の「泊」、青森県の「夏泊」。

# 渡し場と関所由来の地名
以前は人々の往来が制限されていたが、その往来のチェックポイントとなるのが「川の渡し場」と「山(峠)の関所」である。もっとも関所は山(峠)にばかりあるわけでは無く、街道周囲が狭くなった地点にも存在する。その代表例が山形県新潟県の境にある鼠ヶ関(ねずがせき)である。通った方は御存知でしょうが鼠ヶ関の周辺は東は急な山、西はすぐに日本海といった地形で、ここを通らなければ山形県新潟県を行き来出来ないのは現在でもそう変わりはありません。
渡し場を語源とした言葉には「渡」「渡里」「渡利」などがあり、宮城県南部の海岸沿いにある「亘理(わたり)」も同様である。
また関所に由来するものに、そのままずばり「関」のつく地名が多く、三重県の「関」、岐阜県の「関ヶ原」、山口県の「下関」などがある。

# 経済(商業)由来の地名
「市」がつく地名が代表的で全国に存在する。三重県の「四日市」、滋賀県の「八日市」などが代表的である。また、銀座を代表とした「座」のつく地名は、同業者の集まりである「座」が住んでいた所である。

# 宗教由来の地名
「宮」や「神」のつく地名がその代表で全国に分布する。また信仰していた宗教
由来の「稲荷」「八幡」「天神」「観音寺」「天王寺」などの地名も存在する。

# 地名由来の地名
奈良県三宅町には「石見」「三河」「但馬」などの地名があり、それらの国から出てきた人たちが移り住んだのに由来する。チャイナタウンとか日本人町といった地名ができるのと同じか?

# 本田は本多や誉田とも書き、新田に対する本田を意味する。

# 「乙女」「八乙女」の語源は「魚止め(うおとめ)」【日本の地名 60の謎の地名を追って 筒井功 河出書房新社】

# 夕沢(ゆうさわ)/幽ノ沢(ゆうのさわ)
群馬県みなかみ町藤原の幽ノ沢、新潟県魚沼市大白川の夕沢
・ 「ゆう」は「岩」という言葉が訛った。「岩」は古くは「イハ」と呼んだ。これが「イハ」→「ユハ」→「ユフ」→「ユウ」と転訛した。【日本の地名 60の謎の地名を追って 筒井功 河出書房新社】

# アイヌ語由来の地名
・ 北海道から東北地方にかけてはアイヌ語由来の地名が多く存在するが、「内」のつく地名の多くもそれ。
稚内、岩内、木古内、長内、和井内、平内など。
「内」はアイヌ語で、川や谷や沢を表す。
「幌」がつく地名も同じで「幌」はアイヌ語で大きいをさす。
札幌、幌内(大きな川?)、大幌内川、小幌内川
稚内: 冷たい飲み水の川を意味する「ヤム・ワツカ・ナイ」の「ヤム」が落ちた。
歌志内: 砂地の多い川
岩内: 硫黄の多い川。

「別」も同じ、「ペツ」はアイヌ語で川の事で、別の漢字を当てた。
然別、紋別、江別、登別など
登別: ヌペル・ペツ 水の色の濃い川
紋別: モ・ペツ 静かな川
芦別: ハシュ・ペツ 樹木の中を流れる川
女満別: 「メマン・ペッ」は「冷たい泉の湧く川」の意味。
江別: 胆汁のような黄褐色の川

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